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「こんなところか」
賞金首になってしまったフランキーを仲間に入れるため、また完成した船を見に行くために急いで支度する必要があった。機材などをそのままにしていたアオイは、恐らくクルーの中で一番準備に時間をかけているに違いなかった。
だが、文句は言わせない。この宝石と機材は、命の次に大事なのだ。傷一つつけてたまるかと丁寧に作業を進めた甲斐あって、荷物でさえ美しい仕上がりだと満足していると、ノック音が空気を振さぶった。
「ちょっとアオイ、まだ準備出来てないの? みんな出てるんだけど!」
「今行くよ……って、何勝手に入ってんだ」
「いいじゃない別に。……この中が、全部宝石なのね」
うふふと目をベリーに歪ませてニヤニヤとするナミに少しだけ引くと、アオイは「原石だけどな」と一応釘を刺しておいた。
「ところでアオイ、あんた怪力なの?」
「なんのことだよ」
「だってこれだけの荷物、どう運ぶつもりなのよ」
「あ」
「……変なとこ抜けてるわねー、あんたって」
呆れた目を寄越し、「ちょっと待ってなさい」とナミは階段を駆け降りていった。台車でもあれば助かるのだが、どうするかとアオイは頭を捻る。
(引きずるなら機材か……いやでもなぁ)
「おい、どれ運ぶんだ」
いつの間にか背後にいた人物にはたとなり、アオイは組んでいた腕を解いて振り返った。
「何の用だ、剣士」
「アホか、荷物運びに来てやったんだろうが」
頭をごつんと小突かれ、ぐらりと身体が傾く。急に攻撃を仕掛けてくるとは、油断も隙もない。ゾロはそんなアオイには見向きもせず、複数ある袋を見渡した。
「で、運んでほしいのはどいつだ」
「……そうだな、そこの機材が詰まった袋を頼むから、台車を――」
「いらねェよ、台車なんざ」
アオイの言葉を遮り、ゾロはすたすたと袋の前まで歩くと、軽々と袋を肩に担ぐ。
(……はい?)
どんな筋肉だ、それは。
「ちょ、お前待てよ、肩イカれるぞ」
大の大人が3人がかりでも重くて運びきれないのにと青ざめるアオイの前で、ゾロは平然と機材の袋を全て――遂に3つ重ねた。バランス感覚もおかしすぎると呆気に取られれば、彼は既にドアから出ようと奮闘しているところだった。
「ちっ、高さがあって壁に突っかかりそうだな、面倒だ……おいアオイ、この袋斬っていいか? 分解してェ」
「待て待て待て! いいわけねーだろアホ剣士!」
宝石の入った袋を慌てて担ぐと、ゾロに駆け寄る。
「いいか、絶対! 擦り付けたりぶつけたり果ては落としたりすんじゃねーぞ! 絶対だ! 命に代えても守り抜け!」
「おれの命を鉄の塊とかけてンじゃねェよ! いちいち注文の多い奴だな!」
そう口では言いながらも慎重に運んでくれるこの男は、どうやらいい奴ではあるらしい。そっと足を踏み出し階段を降りる姿などは、豪快そうな見た目にそぐわなくて思わず吹き出してしまう。
「……おい、落とすぞテメェ」
「悪い」
それでもにやつく顔は押さえられなくて、アオイはまた笑った。
本当に、麦わらの一味はみんなしてお人好しだ。はにかんで袋を担ぎ直した時、目の前のゾロが急に歩みを止め、ぽつりと「おれは、」と切り出した。
「まだお前を信用したわけじゃねェ」
「…………」
「だがおれは、船長を信じている。だから、その判断は信じることにする。それだけだ」
そう言い残して前を歩くゾロを、黙って見送る。その背中が語らんとするところが分かって、アオイはまた肩を震わせて笑った。
(わざわざ口にしなくてもいいだろうに)
警戒しときながら、本音でぶち当たってくる。そんな芸当、自分には出来ない。包み隠さずにいられるのは、恥じることない誇りが彼の中にあるからだ。だから自分にも手の内を晒せるのだ。
こうまで器が違うと惨めさも感じないなと自嘲して、アオイは呟いた。
「……それが普通の感覚ってやつだぜ、剣士くん」
(俺は、全てを晒すことは出来ない)
例え、仲間とやらにそれを求められても。
*
あの変態フランキーによる設計の船は、なるほど以前のメリー号とは比べ物にならない規模、装備の豪華船らしかった。アイスバーグが紹介をすると、一味は各々直ぐに自分の気になる場所へ駆け出し、喜びの奇声を上げている。
アオイが一人感心して船を見上げる横で、ゾロが「こいつはどこに運べばいいんだ」と聞いてきたのでどうしようかと迷っていると、ナミと話していたアイスバーグが近寄ってきた。
「ンマー、……何だお前、やっぱり麦わらの仲間だったのか」
「不本意ながら、ついさっきからな」
そう苦々しく答えれば、アイスバーグはふっと笑みを浮かべ、「そうか」とだけ言う。それからすっとゾロが担ぐ袋を指差した。
「ところで、そのデカイ荷物は何だ」
「俺の商売道具だ。宝石を研磨したりする機材が詰まってる」
「お、ちょうどいい。こいつはどこに運んだら良さそうだ?」
ゾロが担ぎ直しながら訊ねると、アイスバーグは設計図を拡げてみせた。
「ンマー、この下にある部屋なら空いてる筈だな」
「何だこりゃ、見にくくてかなわねェ」
「――このバルコニーの下か。しかしこの船、水族館がついてるって、凄いな」
ふんふんと熱心に図面を凝視していると、頭上から笑い声が溢れる。
「図面見るの、得意なのか」
「あぁ、ジュエリー設計もするから」
「なるほど」
「ちなみに水族館じゃねェ、生け簀だ」と苦笑うアイスバーグにどっちも同じだろとごちる。早くしろと言わんばかりのゾロの視線に気が付き、アオイは泣く泣く図面から目を離した。
「ふぅ」
ゾロに全てを運んでもらい、ついでに機材の配置まで手伝ってもらったおかげで、随分時間が短縮できた。ざっと辺りを見回し、不具合がないか念入りに点検する。
(それにしても、立派な船だ)
船首のライオンらしい顔はメリー号並みに能天気そうだが、システム的に考えると大きく進歩している。アオイはすっと立ち上がると、部屋全体を何とはなしに眺めた。
アイスバーグは、空いた部屋だと言っていた。だが、あれだけ高水準な図面を引いた奴――フランキーが、果たして無駄な部屋を設けるだろうか? 臨時の時の空き部屋だったのかもしれない。だが、それにしては広すぎるとアオイは考え込んだ。刹那ふと脳裏に蘇ったのは、仮面をつけた長っ鼻の彼だった。
(確か、ウソップと呼ばれてたか)
手配書ではそげキングとなっていた彼。あの宴会以来、アオイはその姿を目にしていなかった。自分から突っ込む話題でもなかったため、敢えてルフィ達には何も聞かなかったが、どうやら仲違いしたらしいことは感じ取っていた。
仲違い。あんなに光に満ち満ちている一味でも、そういう局面を迎えることもあるのか。それに、フランキーだって今ここにはいない。何だかまた一波乱ありそうだなと天を仰ぐ。
(ま、俺には関係ねーな)
自分だって、彼等とは仮初めの関係に過ぎないのだから。
「アオイー! どこだーっ!」
ドンドンと床を鳴らす人物に笑う。うるさくってかなわない。――だが、一人旅では知らなかった何かに胸が満たされるのは確かで。
「……はいはい船長、今行くよ」
そんな気持ちにそ知らぬふりをして、アオイは部屋を後にした。
(20120611)