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街の方から聞こえる喧騒は、ルフィ達の仕業だろうか。たかだか人一人仲間にするくらいで街を混乱に陥れるとは、流石はエニエス・ロビーの不敗神話を壊した男達、何をするに於いても傍迷惑な奴らだと呆れていると、横からふっと声が鳴る。
「賑やかね」
ロビンが、甲板の手摺に頬杖をつきながらそれを眺めていた。
「貴方は行かなくて良かったのかしら」
「……何で俺が、あいつらの面倒に付き合う必要が?」
「……それもそうね」
なんともいえない沈黙が落ちる。さらさら続きを繋ぐつもりはないと口を閉じるアオイを見て、ロビンはほのかに笑った。
「……貴方も、覚悟するべきかもしれない」
急に何のことだと怪訝に目を向ける。けれど彼女はこちらは見ずに、静かに、楽しげに街を見つめていた。その横顔の意図が分からなくて、アオイは助けを求めるように後ろのナミに目線を向けた。……が、どうやら口を挟むつもりはないらしい、含んだ笑顔がそこにあっただけだった。
「貴方はこの一味のクルーになった。もう、仲間と呼ばれるようになる」
「――何が、言いたい」
囁く声は、諭しのごとく。
「彼らは――みんなは、どこまでも追い掛けてくる。振り払っても、どれだけ拒絶しようとも」
「…………」
「貴方がどこで、何をしようと」
街から聞こえる大砲の音。群衆の悲鳴。波の音が寄り添う静かすぎるここでは、それがいやに耳に馴染んで気に障った。
「はっ……、まるで俺が、どっか行っちまうみたいだな」
「あら、そう聞こえたかしら」
人を食った物言いは、好きじゃない。
「やってられるか。俺は部屋に戻るぜ」
ひらひらと手を振り、背を向ける。ナミの制止の声も、聞こえないフリをした。
ざわざわと苛立つ胸の内が、気持ち悪かった。
*
ボォンと大きな衝撃が伝わり、仕事机に突っ伏せていた顔をはっと上げる。何事だとアオイの頭が考え始める前に、ハシゴがギシギシと揺れた。
「てめェクソちび! 何のんきに寝てやがる!」
「は……?」
「海軍だ! テメェも応戦しろ!」
用件だけを伝えると、サンジはすぐに甲板に戻っていった。
(また寝てたのか)
自分の不甲斐なさに笑いたくなったが、連日の徹夜が祟ったのだ、仕方ないとさえ感じる。どうしてこう毎回眠りを妨げるように騒ぎが起きるんだろうと気だるい息を吐き、渋々と立ち上がった途端、再び船が大きく揺れた。慌てて重心を支えると、アオイは今度こそ気を引き締めた。
(このでかい船を揺らす砲弾か)
かなり手強そうだ。
開かれたままの扉からすぐに飛び出し甲板へ出ると、目の前には海軍の軍艦、そしてそこからは絶えることなく砲弾が飛ばされていた。大砲以上のスピードのそれに、アオイは冗談だろと顔をひきつらせる。
――だが、考え怯える暇などなさそうだ。
「あ、おい!」
焦った声は、誰だったか。アオイは手摺にふわっと飛び乗ると、軍艦目掛けて真っ直ぐワイヤーを飛ばした。
串刺しのようにワイヤーで砲弾を貫く。くいと角度を変えれば、刺した全てが真っ二つに切り裂かれ、サニー号の脇をすり抜けてザバァン……と海へ沈んだ。
「へェ、やるじゃねェか」
「それはどうも。てめーこそ、あの砲弾を蹴り飛ばすなんて普通じゃねーな。その靴は何で出来てるんだ」
「普通の革靴だ」
「嘘つけ」
「そこ! 喋ってる暇あったら砲弾全部落としなさい!」
「一発でも船に当てたら殴るわよ!」と脅すナミにさえメロリンになるサンジに引きながら、アオイも自分の保身のため気合いを入れて切り裂いていく。
ふと砲弾を飛ばす人物が目に入って、アオイは面倒そうに息を落とした。
(あのじーさん、見逃すっつってたのに)
ちっと舌打ちをし、目を逸らした時だった。その向こうで寝転がる人物に息が固まる。アオイは時を止まらせて彼を食い入るように見つめた。
(あいつは!)
遠く、アイマスクを外したその目と、重なる。その人物は暫し動きを止めると、緩慢な動作で近くに置いてあった拡声器を手に取り、間延びした声で喋り始めた。
「あらら……やっぱ仲間になってたか」
「てめー! 海兵だったのか!」
「気付かないお前が悪いよ……懸賞金かけておいて正解だ」
「――ま、さか」
お前が、
言葉はただの呻きになる。
「てめェ、青キジと知り合いなのか!?」
見上げてくるサンジは驚いているようだが、アオイの方がその問いに目を丸くした。
「青キジ、だと?」
呆然と軍艦を見やる。彼は拡声器を構えたまま何も続きを言わなかった。それは肯定以外のなにものでもなくて。
(あいつが、大将青キジ)
どこかで、会った。それは確かなんだろう。
だが、一般人だった筈の自分をあたかも麦わらの一味だと世間に吹聴したその男に、アオイは怒りを抑えられなかった。
「ふざけんなよ! 一般人を指名手配しやがって、それが責任ある立場の大将のすることか!」
「いやいや、あんだけ司法の島で暴れちゃ一般人なんて呼べないでしょ。真面目な門兵が泣いてたらしいよ、騙されたって」
「ち、ちが!」
「――まァ、お前が何を言おうと、今そこで麦わらの船に乗ってるのは事実。指名手配は免れないよ」
淡々と言われて、そしてそれが憎いくらいに現実を突き付ける。アオイは言葉を喉の奥でじりじりと焼くしかなかった。
(悔しい、乗せられた――)
それなのに、怒りで心の皿がひっくり返りそうなのに、それを支えるのは、沸き上がる許しがたい温もりで。有難いなんて思いそうな自分、そんなの。
(いらないのに)
相反する感情に項垂れているアオイの頭上に響いたのは、真っ直ぐな叫び声だ。
「ごめ゛ーん! 意地張ってごめーん!」
「――あいつは……」
海岸で顔をぐちゃぐちゃにさせて泣いている、長鼻がいた。ゾロがようやくといったように彼の名を力強く呟くと、こちらも涙で顔を汚したルフィが手を伸ばす。
これで、全員揃うのだ。
そしてきっと、海軍が目の前にいるこの現状だって、彼等は。
(乗り越えていくんだろう)
未だに自分がその中にいる実感が湧かなくて、アオイは肩を組み笑う彼等の後ろで、青キジを睨み上げる以外なかった。
何もかもが分からなかった。青キジの狙いも、この苛立ちの理由も。
ただ、自分が場違いなことは確かだ。アオイに分かりうることは、それだけだった。
その疎外感だけが、事実だった。
(20120616)