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 CP9と呼ばれた集団が正門前に到着したのは、「話は着いた」として持ち場に戻った衛兵と別れ、門兵と話し込んでいた時だった。大層なもてなしの中、畏怖と尊敬の眼差しを一身に集める彼らに、アオイは少しだけ寒気を覚えた。

(あれが実質のトップ、か)

 衛兵に聞かされた話によると、CP9とは世界政府唯一の暗殺部隊で、その戦力は少人数ながら一万人の兵士に相当する凄腕の集まり、とのことだった。この度晴れて長期任務も終了し、罪人を連れて戻ってきたらしい。なんというタイミングで自分はここに来たのだろうと、神の采配に感謝せずにはいられない。きっとここで活躍すれば、彼らに注目してもらえる。
 元々賞金稼ぎだった性か、アオイは罪人が誰か気になり、人だかりの中で隙間を必死に探した。
 そうしてまず視界に入ったのは、パンツ一丁の変態――やたらガタイのいい水色頭の男だ。

「門兵さん」
「なんだ」
「罪人って、まさか露出狂――公衆猥褻罪でインペルダウン行きですか」
「そんな軽いノリでこの門が開くか! 奴はフランキーといって、まぁ色々過去に犯罪歴があるんだ。見かけ通り海賊並みに悪どい奴、さ……」

 だいぶ崩れた話し方で説明をしていた門兵が、急に息を呑んだ。不思議に思いフランキーから視線を逸らすと、そこにいた人物にアオイも目を見開く。

「あれは……!」

(ニコ・ロビン!)

 周囲の男たちが揃って美人だスタイル抜群だと騒ぐ中、アオイは呆然と彼女を見つめた。

「おい、お前どれだけ見惚れてんだ」

 門兵に囁かれ、はっとする。アオイはそれでも他の海兵同様、彼女から視線を剥がせずにいた。

「あの女……」
「ニコ・ロビンな。手配書からして将来性はあったが、美人に成長しやがったなぁ」
「それだ、手配書!」

 振り向かれた勢いに気圧され後ずさる門兵に構うことなく、アオイは続けた。

「あの女の手配書、普通はdead or aliveの表記があるはずなのに、ただalive――それだけだったから、気になってたんだ。どんな罪がかけられてるのかって」
「あー、そりゃここに連れて来られるくらいだから、かなりのものだろう。組織を裏切ったり何だり、色々やらかしたってのは聞いてるが、なぜ20年間もaliveのままだったのかは分からん」
「やっぱり分からない、か」
「おれたちみたいな平の門兵にはな」

 腑に落ちない回答しか得られず不貞腐れるアオイを見て、門兵は首をかしげた。

「何でそんなことが気になる?」
「俺、元々賞金稼ぎなんです」
「なるほど」

 ニコ・ロビン。僅か8歳の少女にかけられた額とは信じられず、初めて手配書を手にした時は何度も見直した記憶がある。その記憶の中の少女は、今となってはスラリと伸びた長い足で、まっすぐ前を見て歩いている。その凛とした姿はいっそ花が香るように気高く、凶悪な犯罪者には見えなかった。

「正門を開けー!」

 響く声。隣の門兵もアオイも、口を閉ざし姿勢を整えた。
 重々しく正義の正門が開かれる。滝の轟音が耳をつんざき、一層荘厳さが増す。それに吸い込まれていくニコ・ロビンの細い背中を、アオイは静かに見送った。



 CP9の威圧にやられたのか、ニコ・ロビンに浮き足立ってた門兵たちに、さっきまでの緊張感が戻ってきたらしい。兵達はみな黙りこくってしまっていた。
 時間帯で言えば、今は就寝時である。だんまりな重い空気がひどく退屈で込み上げる欠伸を隠しもせずにいると、横にいる例の門兵に呆れた目を向けられた。

「お前、緊張感ないぞ」
「あー……今日のこの日に興奮しすぎて、海列車では一睡も出来てないから。ま、大丈夫ですって、働くときはやる子だから」
「……眉唾だな。そもそもアオイなんて名前の賞金稼ぎ、聞いたことないんだが」

 暗に「本当に強いのか」と言われ、アオイはふっと鼻で笑う。

「少なくとも、ここにいる飼い慣らされた海兵よりは役に立つと思いますよ」
「しかし、麦わらが捕まらなかったらどうする」
「その時は仕切り直し、かな」

 言葉尻を濁した直後だった。影が、過った。
 はっと影の通り道を急いで振り向く。正門の上、世界政府の誇りである旗。権威ある逆光に写し出された、そこにぶらさがるシルエット。その手配書通りの格好。

(まさか、)

 ざわりと困惑に揺れる門兵たちに構わず、アオイは前に出た。

「……門兵さん、さっきの衛兵に伝えといてくれ」
「な、何をだ!?」
「さっきの話、俺が麦わらの首を手に入れたら、に変更だ!」

 たんっと一歩跳ね飛び右腕を思い切り振り上げた。急に旗に巻き付いてきたワイヤーに驚いたのか、麦わら帽子が振り返る。まだ幼さが残る顔立ち。
 ――目があった。

「ぶ!?」

 ギュン! とワイヤーに引かれ、浮いた体が標的にぶつかる寸前にその顔を足蹴にし、上に立つ。

 とらえた。

「よぉ、麦わら」

 もがもがと喋れずにいる彼に笑うと、キャスケットを軽く持ち上げた。

「個人的な恨みはねぇが――悪く思うなよ」

(20120602)
Si*Si*Ciao