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 やはり仲違いをしていたらしいウソップが戻り、ニコ・ロビンを取り返し、そして新たにフランキーとアオイ、サウザンドサニー号を仲間にした麦わらの一味は、夜の空気に呑まれながら、今回の冒険について弾んだ声で談笑していた。サニー号が空を飛ぶというすご技、船大工たちとの別れ、フランキーの身体についてなど――
 アオイはその様子を眺めながら、ぐいとジョッキを傾ける。前回の宴もそうだったが、この一味の明るい光は一体どこから来るのだろうかと、輪から少し外れたところでアオイなりに考えていた。僅かに過るこの疎外感を今まで感じたことがあったろうかと思い返せば、そういえばと引き当たった記憶があった。こんな賑やかしい酒盛りなど、シャンクス達として以来かもしれない。アオイの目線は、遠く夕闇に染まる水平線を捉えていた。

 その焦点の手前、輪の中にいながら酷く落ち込んでいる金髪が視界に入り、何かあったのかと少しだけ不思議に思う。こうして大量の見目美しい手料理を振る舞い、仲間はそれを囲みながら美味しくいただいているというのに、なぜコックの彼がああも落ち込んでいるのか。

(もしかして、具合悪いのか)

 そう思って立ち上がりかけた時、はたと目があった。そこに滲む色は、病人が抱くには程遠い悔しさや憤りを感じさせるもので、思わずアオイは及び腰になる。

「……なんだよ」
「――やがった」
「は?」

 聞き取れず返す声を大きくすれば、何故か涙を流したコックがぐるりと首を回しこちらを睨んだ。

「ついに仲間になりやがったなてめェ!」
「なに?」
「畜生、おれは認めねェぞ!」

 だいぶ酒が入っているのか、うわぁあんと床に突っ伏すサンジに覚えるのは、戸惑いと、困惑。歓迎されていないのは先だってのゾロの言葉からも分かりきっている。ウソップが戻ってきた時なんとも思わなかった自分だ、今更信用を買おうとも思っていない。

「ちょっとサンジ君、急に何言ってんのよ!」
「だってナミさん!」

 けれど、条件なしに優しく――というより面倒を見てくれていたのは彼に違いなく、またそんな彼に感謝していたアオイとしては、サンジの憎しみさえ伝えたその瞳には、少しだけ、堪えた。
 ポシェットに仕舞いっぱなしだったそれが急に思い浮かんで、消した。
 離れて会話を聞いていたゾロが、そんなサンジに意外そうな顔をして口を挟む。

「……珍しくコックと意見が合ったな。ルフィ、おれもこいつをまだ認めて――」
「だってナミさん! 君たちレディを満足させるのはおれの役目だった筈なのにー!」

 一同かたまる。

「……はい?」

 知らず出た声に、ぎろりと目を剥かれた。

「いいか、今までこの船に乗るレディ達をもてなし、且つ満足させ喜ばせていたのは料理長たるおれ! 紳士たるおれ以外いなかったんだ! 分かるか!」
「――ま、まぁ確かに他の野郎共が女に気遣い出来るとは到底思えねーけど……」

 何とか頷いてみせると、サンジは「それなのに!」と叫ぶ。

「それなのにてめェという奴は……っ! ちょっとレディに優しげな野郎ってだけでもおれにとってはいけ好かねェのに、挙げ句の果てには宝石職人だと! ?なんだその羨まし……いや姑息すぎる職業は! てめェの頭にはレディを喜ばすことしかねェのか!」
「いやそれってサンジのことだろ寧ろ」

 ウソップがぶんぶんと手を振り横槍を入れるのに激昂し、「シャーラップ!」と叫んだかと思えば、サンジはおよよよと咽び泣き始めた。

(……なんだ)

 疑われたわけでは、なかった。いや、信じてもらえてはいないだろう。けれど、彼の気に食わない部分というのが自分の嫌な場所を抉っているわけではないと知り、アオイはほっと笑みを溢す。

「は、はは! ほんと面白いわ、お前」
「なんだと!?」
「うるせェな、てめェはもう黙れラブコック」
「てめェこそ口を挟むなクソマリモ!」
「ははははは!」
「いや笑いすぎだろお前」

 サンジは愚直なまでにレディ尽くし。ゾロも警告という名で本心を語ってくれた。今更初対面のウソップだって、会話をしてくれている。

(なんかアホらしくなってきたな)

 考えすぎるのは、自分の悪い癖だ。

「確かに、俺はアクセサリーを作って、女を喜ばすけど」

 一呼吸置き、サンジを見る。どうしようもなくおかしかった。

「けど、生きる上で必要な食を、こんな最高の形で人に分け与えるなんてこと、俺には出来ないよ。食は生き物の基本で、それがただ食べるだけじゃない喜びを与えられるだなんて、すげーじゃん。お前の人を喜ばす方法はお前にしか出来ないし、そのレディっていうの?その笑顔も、お前にしか見れない」

 それって、凄くないか?

 アオイが笑いながらそう言えば、目を見開いたサンジがそこにいた。

「おー、サンジに因縁つけられたのにここまで料理を誉めちぎった奴って、今まで他にいねェよなー……ってサンジが顔赤らめてるぞ、男相手に!」
「あー! 本当だっ!」
「黙れクソっ鼻、トナカイ! そんなんじゃねェ!」
「思わぬ角度からの答えで、照れてしまったのね」
「誤解だァアロビンちゃーん!」

 また賑やかに騒ぎ出した一味を見て、アオイは止まない笑い声を上げる。目尻に涙が溜まる。
 今が楽しい。それは間違いなかった。居心地がいい、それだって、随分前から気付いていた。
 それだったら、多少馴れ合うのだっていいのかもしれない。別れなんて、出会えば必然的に来るものなんだから。
 ――シャンクスや彼と、さよならをした時のように。

「それより、そこに置いてある魚のマリネ取ってくれ、コック。それすっげー美味い」

 尚笑顔で言えば、渋い顔をしたサンジはのそりと腕を伸ばした。

「……美味いのは当たり前だ、ばーか」

 目は合わさない。けれど、その答えにアオイは満足げに微笑んだ。

(20120617)
Si*Si*Ciao