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 魚人島を目指し、一味は至って平穏な船旅を続けていた。

「はー……」

 見つからない。そう数十分はうだうだと言いながら顕微鏡を覗くアオイに、ウソップは我慢ならんとばかりにビシィっと金ヅチを向けた。

「さっきからブツブツと何なんだお前はっ!」
「見つからないんだよ」
「だから何が!」
「カットする場所が」
「は?」

 コトリと手に持っていた小さな原石を置くと、アオイは参ったとばかりに首を回した。長時間ずっと目を凝らしていたのだ、肩も凝る筈だ。

「カット? あっさり出来るもんじゃねェのか」
「馬鹿言うなよ。熟練の研磨師でも一つの原石をカットするのに命懸けなんだ。とある国で巨大なダイヤモンド原石が発見された時、カットを任された名だたる研磨師は何晩も悩んだ挙げ句、カットした途端に気絶したって言い伝えもあるくらいなんだからな」
「ほー。そういうもんなのか」
「ガラクタ作ってるウソップ工場とは訳が違うのさ」
「お前、そのウソップ工場のテリトリーを思う存分侵略してるわりには言いたい放題だな……」

 ウソップがまだ仲間に正式に戻る前に機材や必要な工具を運び込んでいたアオイにしてみれば、ここは予め自分の場所だと主張したい気持ちにもなったが、今は仮宿として自分はここにいるだけなのだ。だとすれば、大きなことは言えない。

「それに、おれはガラクタばっか作ってるわけじゃねェんだからな」

 心外だとでも言いたげなその様子に、アオイは「へぇ?」と口角を上げる。

「じゃ、代表作は?」
「そうだな、ナミのクリマタクトとかな!」
「……航海士の? あの雷撃を放つやつか?」
「その通り!」

 始めはウソップのことだからとからかい半分で聞いていたアオイだったが、それが科学に基づいた武器だと知ると、段々と真面目な顔をしてウソップの話を真剣な眼差しで聞き始めた。冷温で気圧の変化を操るとは、その発想力には恐れ入る。

「すげーなお前、長っ鼻のくせに」
「鼻は関係ねェだろ!」
「いや、嘘かと思ってたんだ、鼻長いから」
「鼻は関係ねェだろだから!」
「でもお前、頭いいんだな。それを扱える航海士もすげーけど。うん、見直した」

 アオイはふむと顎に手を当て考えに耽る。そうして暫くして、やはり任せてみるかとホルダーを外した。

「ウソップ」
「何だよ」
「俺の武器、改良出来るか?」
「そのワイヤーのやつか?見てみねェと分からねェけど……」
「俺は疲れた。今から休憩に入る。俺が戻ってくるまでに何とかしろ」
「ジャイアンかお前は!」

 分厚い唇を尖らせるウソップにホルダーを投げ付けると、ゆっくりと立ち上がる。最近夜通しで原石調べに集中しすぎていたのか、体がふらりと傾いたのを必死に堪えると、陽の光でも浴びるかと甲板に向かった。
 その時部屋から聞こえた悲鳴など、アオイは気にも止めなかった。



 甲板に出ると、つんざくような日差しに思わず目が潰れそうになった。うっすらと瞳を馴染ませ、ゆっくりと開ける。それからポケットにしまっていた先ほどの原石を取り出し、光に翳して見つめた。

(――ダメだ)

 いつもの調子が出ない。こればっかりは長年の経験からなる直感が物を言う。暫くは頭を切り替えるかとしまい直した時、中庭で何やら華やかなお茶会が開かれていたのが目に入った。

「んナミすわん、お味はどう?」
「うん、美味しい!」
「良かった! ロビンちゅわんは?」
「えぇ、とっても」
「おれ幸せー!」

(馬鹿が)

 鼻で笑ったのが気付かれたのか、ふいにこちらを向いたロビンと目が合う。アオイはわざとらしく視線を逸らすと、こちらに振り向いたサンジに向かって手招きをした。

「おいコック、喉乾いた」
「テメェで何とかしろ! おやつならダイニングに置いてある」
「紅茶は?」
「……一緒にあるよ」
「ならいいや」

 早く立ち去ろうと踵を返すが、遅かった。「待って」と背中に声を掛けられ、アオイは眉をひそめながらその声の主に振り返る。

「……何だよ、ニコ・ロビン」
「貴方、顔色悪くないかしら?」
「あら? ほんとね、何か青白いわよ、あんた」
「大方地下に隠ってばっかいるせいだろ。不健康な奴だぜ」

 ヘビースモーカーのお前には言われたくないと内心思いながらも、どこか感じる体のダルさを悟られたのが何だか悔しくて、またそれがあのニコ・ロビンというのに苛立ち、アオイは舌打ちをした。

「別に。ただちょっと色々集中しすぎただけだ。心配には及ばねー」
「そう、ならいいのだけど」

 そう言ったきり、コーヒーを口元へ運ぶロビンに、またアオイは僅かな苛立ちが募る。何だか全てを見透かされているようで、警戒しなくてはと体がそう叫ぶ。
 ルフィは彼女を、過去を知る人だと言った。考古学者なのだという。

(過去のことなんか知って、何が楽しいんだか)

 彼女は本当に、分からない。

「邪魔したな」

 そう言葉を残し、アオイは今度こそダイニングへと向かった。



 ダイニングに置いてあった紅茶とクッキーをお盆に乗せる。よっと力を入れて立ち上がると、おやつタイム真っ最中のルフィが、横から不満そうな声を出した。

「なんだよアオイ、お前それ持ってきすぎじゃねェか!」
「この量以上を今現在口の中に頬張ってるてめーにだけは言われたくねーが……これはウソップの分だ、今あいつ作業中だからな」
「なんだ! やっぱお前いい奴だな!」
「はは、どうも」

 軽くいなしながら、扉を開けようとした時だった。ぐらりと視界がぶれ、足元が覚束無くなる。

(――あ、れ?)

 目眩。

「アオイ!」

 ルフィの声だけが、最後に聞こえた。

(20120617)
Si*Si*Ciao