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「……なんだかなー」
ダイニングの前で立ち尽くす。中からは洗い物をしているのだろうか、ささやかな水の流れる音と、食器の重なる音が耳に心地よい。アオイは手にしたお椀を見て、もう一度ぐるぐると回して時間稼ぎをしてみる。
温くなった粥は逆に口に馴染みやすく、アオイはあっさりと平らげてしまった。チョッパーが煎じてくれた薬を飲み干してから、また一眠り。――そうして目覚めて、現在。薬のおかげか、身体のダルさはだいぶ飛んだが、手に持つお椀は何故だかいつもより重く感じ、緊張で心臓が痛くなった。
倒れて迷惑をかけるなど本当に自分らしくない。誰かの手を煩わせることは、自分の保身のためにしないのが信条だった。だからこそ、クルーとだって距離を置きたかったのに。結果として身体に支障を来たし結局みんなにお世話になるとは、なんとも恥ずかしかった。
だが、サンジが皿洗いを終えた後では申し訳ない。アオイは意を決すると、ダイニングのドアノブを回した。
カチャカチャと鳴っていた音が止まると、キッチンの城主はくるりとアオイをかえりみて、意外そうな顔をした。
「なんだ、もういいのか」
「……あぁ、チョッパーの薬が効いたんでな」
「そりゃ良かった」
違う、言いたいことはもっと他にあるはずなのに。
「おら、食ったんならそれ寄越せ、洗うから」
言われて、タイミングを完全に失い彼の手へ渡すと、アオイは手持ち無沙汰になり目を泳がせた。サンジは別段気にしたそぶりもなく、洗い物を続けている。
(こんなに言いにくいものだったっけ、お礼って)
仲間だとか何だとか気にしない“他人”の方が、気楽だったのに。
「なに突っ立ってんだ……あぁ、紅茶か。ちょっと待ってろ、すぐ終わるから」
別に欲しいと思っていたわけではないが、なんとなく断れなくて席に着く。
無言の時間にソワソワとして、アオイは膝の上で拳を握った。
「で? 症状は?」
「過労から来る風邪、らしい」
「過労? テメェそんな疲れることしてんのか」
部屋に隠りっぱなしでダラダラしてると思われているらしい。まぁあながち間違ってはいないので、「別に」とぶっきらぼうに返すしかなかった。
皿洗いを完了させたサンジは、カップを2つ用意すると、紅茶とコーヒー豆を棚から下ろしていた。いつも自分が紅茶を飲む時は同じ物を飲んでいたのだが、今日の気分はコーヒーらしい。
「しかし、クルーなんだからもうちょっと身体に気ィ遣え。いざとなった時にはテメェも戦力なんだからな」
「分かってるよ」
どうしてもつっけんどんな言葉しか言えない自分に腹が立つ。そもそも、ここのクルー達は皆優しすぎるのだ。お節介なのだ。こうして紅茶を淹れてくれるこいつも、何だかんだと気を回してくれる他の奴らも――
アオイは差し出されたカップとポットを眺める。横からすっと出てきたミルクに、ああ夜だからよく眠れるように計らったのかと気付き、また何とも言えぬ恥ずかしさが沸き上がる。何か言わないではいられなかった。
「優しいよな、てめーは」
「……はっ!?」
だが出た言葉が意外に素直過ぎて、自分でも驚いた。コーヒー豆をセットしていた手を止め、サンジもかなり驚いているようだった。慌てて目を逸らし、アオイはポットを見つめたままぐるぐると探し出した言葉を続ける。
「だって、何だかんだでバカな船長たちの我が侭聞いて飯作ってるし、差別は著しいけど男に作るデザートだって手を抜かない」
「……そりゃお前、コックのおれが料理に手を抜いたら、それは食材への冒涜だ」
「そうだけどさ。何でそんな気を遣えるんだ」
暗に粥と紅茶のことを伝えたつもりだが、サンジが理解したかは分からなかった。
「……別に、これがおれの性分なんだよ。特に気を遣ってるとは自分では思ってねェ」
コーヒーがポコポコと鳴く。サンジはタバコを煙らすと、キッチン越しにアオイをちらりと見た。
「逆におれは、テメェのが気を遣ってるように見えるけどな」
「俺が?」
「特にロビンちゃんには」
それは、不意打ちだった。違うか、とぐる眉の下の強い瞳に問われ、絶句する。
「――何で」
「アホか。おれはレディに対してだけは最大限の気遣いをしている。他の野郎がどんな態度でレディ達と接するのか、いやでも肌で感じ取ってんだ。あ、テメェ紅茶蒸しすぎ、早く注げ」
「あ」
「っつーわけで、テメェとロビンちゃんとの間に何があったか知らねェが、ロビンちゃんを悲しませたりすんなよ」
「あいつが悲しいもんか」
「……子どもか、テメェ」
少しだけ強く言われ、びくりと肩が震える。分かっている。みんなに分け隔てなく接するべきなのも、彼女は何も悪くないのも。
自分の立場が、そうさせているだけだ。
「別にロビンちゃんが嫌いなわけじゃねェんだろ? いや、寧ろ嫌いなんつったらブッ飛ばすが」
「……嫌いじゃ、ない。ただ、」
羨ましかった。
何も言わなくても、嘘をついても、必死に追い掛けてきてくれる仲間に囲まれて。その肩に背負った荷物を、みんなに背負ってもらえて。
チョッパーの話を聞いて、世界規模の闘いに他人を巻き込んだ彼女に対して軽蔑も覚えた。けれど、彼等はそれを、彼女のその気持ちを望んでいた、だなんて。
誰かと相思相愛だなんていうのは、酷く怖い。眩しすぎて、目に見えないから。目に見えないものは、頼りないから。
「謎めいた女性は、怖いからかな」
当たり障りのないことしか言えなかった。
「なんだ。……まァテメェみたいな女を知らなさそうなチビ男じゃ、ロビンちゃんのような綺麗なお姉様は敷居が高いだろうが」
「何の話だ」
「男としてその苦手は見るに耐えねェ!」
「だから何の――」
出来上がったコーヒーを目の前に差し出され、何だこれはと訝った顔を向けると、サンジはどこか悔しそうな顔で、でも。笑った。
「今日の不寝番は、ロビンちゃんだ。テメェそれ持ってってやれ」
「なっ!」
「そしてちょっとはリラックスしてこい」
(――本当に)
お節介な奴だ。
行きたくない。関わりたくない。人として似てるのに、自分と真逆にいる彼女なんか。
それでも、彼女に興味があったのは、手配書を見たときから。そして、その素性を知って尚――彼女と向き合えば、得るものが大きいのは、アオイにだって分かっていたのだ。
「……コック」
「なんだよ」
「どうも、悪かったな」
歯切れ悪く言えば、サンジはバカにしたように笑った。
「おれの一日の楽しみをテメェにやったんだ。失敗なんて許さねェからな」
アオイはマグカップを手に持つと、席を立つ。有難うと、いつか言えたらいい。そう、思いながら。
(20120620)