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「で、お前ら3人仲良く揃って捕まったってわけか」
「面目ねェ」

 アオイの予想外の実力にゾンビが恐れおののき、集団でごっそり逃げ去ったあと――
 黒い棺を運ぶ、どちらかというと可愛らしいゾンビをたまたまアオイが見かけたのは、実に運が良かった。逃げ去ったそのリスゾンビ達は仲間を呼びに行ったらしいが、それに応えるものは、まずもっていないだろう。

「俺が見つけなかったらと思うと、ゾッとするな」
「えぇ。もしかしたら連れてかれてゾンビにされるとこだったかも!」
「ぎゃーー!!」

 ナミは冷静に今ここがどこなのかを確認すると、この悲惨かつ不運な状況がただで起こっていることを嘆いた。いつも通りの彼女らしい勝気な振る舞いに、アオイは安堵のため息を漏らす。

「ま、お前らが無事でひとまず安心したよ」

 だが、聡明な航海士はその軽々しい発言を見逃さなかった。

「はぁ!? あんた何言ってんのよ! そもそもアオイが私たちを置いて行ったから捕まったんでしょうが!」
「それに関しては本当に申し訳ない」
「で、でも! おれたち、ほんとっに心配したんだぞ、アオイ!」

 今は逞しい人型のチョッパーだが、その瞳の色はいつだって温かい。アオイが弱々しくちらりと目を合わせば、彼はホッとしたように「怪我は無さそうだ」と破顔した。
 それがまた、つらくて。

「それにしてもお前、先に入った風呂で何があったんだ」
「ふふん、大方予想つくわよ。あんたも覗かれたんでしょう? 透明人間に」

 「えっ」と硬い声を出したチョッパーを安心させるようにもう一度見やって、アオイはウソップとナミの問いに苦々しく「まぁな」と返答した。そんなアオイの肩にウソップは手を置くと、ぐっと親指を立てる。慰めのつもりだろうか。

「つーか航海士、なんだよその予想つくって」
「だって女顔だもの、アオイって。私も覗かれたしね」
「女顔で悪かったな。しかしまぁ……お前の風呂場覗くなんざ、随分とチャレンジャーな奴みたいだな、透明人間は」
「なんか言った?」
「いえ」

 軽口を交わしている場合ではないのだが、合流できた安心感はアオイの緊張を程よく解してくれていた。

(本当に、無事でよかった)

 他のクルーたちはみな化け物並みの実力の持ち主だ。何かあったとしても切り抜けられるだろうが――この3人では、そうもいかない。今この状況が確認できただけでもアオイは冷静になれた。
 だが、このままでもいられないのは事実で、伝えなければならないことが多すぎる。冷静になれたからこそ、この次に口にしなければならない事実がより一層重く感じた。
 ふぅ、と肩に力を入れ直し、ウソップの手を退けようとしたときだった。ウソップは目線をふと下にやると、ぎょっと目を見開いてアオイから飛びのいた。

「――っおい、アオイお前! 影はどうした!」
「え……ぎゃーー!!」

 ウソップに釣られ、全員アオイの足元を凝視する。ナミは息を飲むと、口元に手を当てて恐る恐る言った。

「あんたそれ……! あの骸骨と一緒じゃない!」

(先に気付かれたか)

 だが、切り出しにくかったので、有難かった。視線をあの部屋に向け、拳を握りしめた。

「――あぁ、影を取られた」
「なに冷静に言ってんのよ! 相手は誰!?」
「ゲッコー・モリア」
「……え?」
「だから、ゲッコー・モリアだ」

 何でもないという風に軽く言う。だが、振り返るとナミは泡を吹き出し倒れ、ウソップとチョッパーは固まったまま1mmも動かないで石化している。
 ……これは。

「――おいお前ら、大丈夫か?」
「だ、大丈夫なわけあるかーー!!」
「ナミィィ、死ぬなァーー!!」
「ゲッコー・モリア……七武海……」

 気を失いかけつつも壊れた時計のように呟くナミを見て、アオイは「知ってるなら話は早い」と3人に向き直った。

「ここの大将は、モリアと見て間違いない」
「じょ、冗談だろ! 俺たちはただこの海域に巻き込まれただけなのに……!」
「冗談でもなんでもなく、相手は間違いなく七武海だ。俺はこの目で見たし、能力も確認した」

 「それと、ここのゾンビとの関係性も」と力を込めて言えば、チョッパーが少しだけ怯んで固唾を飲んだのが分かる。
 あれほどホグバックに憧れを抱いていたチョッパーに、これを言うのは酷だが。

「思ったより事は大きくなりそうなんだ。……経緯を話すぞ」



 モリアとの個人的な事情には触れず掻い摘んで話せば、3人は声を発することができないようで、黙りこくっていた。

「――てわけで、俺はコックの影の入ったゾンビを見たし、それを解放した。おそらくどこかに身体は保管されてるだろうから、コック自身は元どおりになってるはずだぜ」
「……ちょっと、待ちなさいよ」

 震えそうになるのを押さえつけて、ナミは声を絞り出した。
 その瞳はアオイを軽く睨みつけており、アオイはこれから何を言われるか、予想がついていた。だからこそ、しっかりとナミに向きなおると、キャスケットを軽く上げた。

「今の話聞いてて、違和感しかないわ。何であんた、モリアの能力の弱点が分かったのよ。――まるで、前々から知ってたみたいじゃない」
「おいナミ、滅多なこと言うなよ! まさかアオイが、」
「そうだよ」

(悪い、ウソップ)

 せっかくのフォローも、無駄になる。全ては自分の甘えから来たことだ。
 俺がお前らのことを、大事に思ってなかったからだ。

(だからお前が、そんな傷付いた顔すんな)

「俺は、個人的にモリアに会ったことがある。能力も知ってる。だから、あの骸骨――ブルックの影がないのを見た時、この事件の背後にモリアがいる可能性にも気付いていた」
「あ、あんた……それなのに、私たちに何も言わなかったの?」
「そういうことになるな」

 努めて平坦に切り返した途端、ウソップがアオイに飛びかかった。チョッパーの悲鳴が聞こえる。だがアオイはウソップを腕で軽くいなすと、簡単に地面に沈めた。

「ウソップ!」
「アオイ、どういうつもりだ……!」

 地面に顔をくっつけながらも、アオイに向けるその気迫は凄まじかった。
 ――だが、ここで嘘もつけない。

「……正直に言うと、例え止めてもお前らはこの島に上陸すると思ったし、骸骨を捨て置きはしないだろうと踏んでた。それに、骸骨もお前らを巻き込まないだろうと思った。だから――」
「それで、何も言わなかったってか? ……せめて、弱点さえ、海水だとか塩だとか、そういう情報さえくれてれば! サンジが一度捕まったってことは、ルフィやゾロだってそうなる可能性があるだろ!」
「否定できないな」
「……っどこまで他人事なんだ、お前ェは!」

 立ち上がったウソップに、痛いほど肩を掴まれる。――先程優しく置かれた手は、少し泥で汚れていた。

「申し訳ないと、思ってる」

(だが、俺にはどうしたらいいか、分からなかった)

 だって、自分は一味ではない。
 どこまで口を挟む? どこまで思いやる?
 どこまで、関わればいい――

「だから、先に言っとく」

 ウソップの手の上に己の掌を重ねると、目の前の彼は少し気が削がれたような、情けない顔をした。

「俺、船降りるわ」

 黙って聞いていたチョッパーが、それを聞いて慌ててアオイに近寄る。

「な、何言ってんだ、アオイ!」
「――もちろん、この状況には俺も責任を感じてる。だから、この島を無事に抜けれたら、ってことで手を打ってほしい」
「アオイ!」
「俺、自分勝手だからさ。――集団行動に慣れてないって言ったろ? チョッパー」

 笑いながら言えば、チョッパーの泣きそうな顔がそこにあって。
 ――嗚呼、堪えるなぁ。
 アオイは力の抜けたウソップの腕を外すと、襟を正した。肩についた泥を払い、服装を整え、3人を見やる。
 言葉を発しようとしたが、ナミが拳を握りしめているのを見て、口を噤んだ。彼女は、なんだか先ほどよりも濃い怒りを辺りに撒き散らしていた。

「……航海士、」
「あんたねぇ、なめんじゃないわよ!」

 鈍い音が、鳴った。
 左の耳がやけに痛む。いや違う、遅れて頬がジンジンと――

(ひっぱた、かれた?)

 ナミが他のクルーにするのは、見たことがあったが――

「何が、集団行動は慣れない、よ! そんなのみんな最初は一緒に決まってるでしょう!? 一人で気取ってないで、慣れる努力しなさいよ!」
「な、気取るってお前……」
「それに、勝手な行動で振り回されるなんて、私たちいつものことなんだから! うちの船長見なさい! あんた如きの勝手さなんてね、私たちには屁でもないのよ!」

 自分の胸を逞しく叩くナミの瞳には、少しだけ――涙があったような気がする。

「モリアとのことは聞かざるをえないけど……とにかく、反省してるなら今はそれでいいの! だから――簡単に船を降りるだなんて、次言ったら許さないわよ」

 その、檜のような柔らかい瞳の色が熱く燃えているのを見て、アオイは胸が詰まった。これは、計算外だった。 こんな風に怒られるのは――本気で、ぶつかられるのは。

(……参ったなぁ)

 麦わらの一味は、容易くない。
 張られた頬を撫でる。熱い。ふと視線を感じてみれば、ぶっきらぼうな丸い瞳とぶつかった。

「……ルフィがお前を誘って、お前が手を取ったんだ。――さっきの降りるって台詞、ひとまずは聞かなかったことにしてやる!」
「お、おれも! なんも聞こえなかったぞ、アオイ!」
「ウソップ、チョッパー……」

 仮宿だと、決めている。それは変わらない。何があっても、変わらない。
 だが――

「うん。俺……やっぱりお前ら一味、好きだな」

 守ろう。この、光だけは。

(20160921)
Si*Si*Ciao