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目の前の状況に、ようやく安堵の息が漏れた。麦わらには散々振り回され、柄にもなく叫びっぱなしになってしまったが、ここまで追い詰めればもう逃げられないだろう。ざっと一万はいるだろう海兵に囲まれた犯罪者に、アオイの口元には哀れみの嘲笑が浮かぶ。しかし、彼の首には自分の海軍入り、また飛躍的な出世がかかっているのだ。油断していては、手柄を他の者に越されるかもしれない。
アオイは悠然と笑むと、輪に向かってゆっくりと歩き出した。
「おら、どけ。奴は俺の獲物だぜ」
横にいた適当な奴の肩を掴めば、どこかからか「あ!」という声が聞こえた。
「こいつじゃないか? さっき連絡があった、もう一人の本島への侵入者!」
「……はい?」
「あぁ! そうだ間違いねぇ。麦わらの一味か!」
「はい!?」
「一緒に捕らえろー!」
な ん で そ う な る
一斉におびただしい数の海兵に襲い掛かってこられれば仕方ない。アオイは舌打ちをしながら一歩後ろへ引くと、右腕を右斜め上へ振った。
「なんだ!?」
凄まじいスピードで現れるワイヤーに手袋でほんの少し触れれば、ペンデュラムの軌道が変わり、向こう側の建物に側面が擦れて跳ねる。アオイは円軌道の終着点に向かって走り出した。
(100は囲んだかな)
「待て、貴様!」
海兵が斬りかかってくる直前、アオイはひねりを入れて飛び上がり、正面から飛んできたペンデュラムをホルダーの格納場所へガチッとはめた。
あとはワイヤーを巻き戻せば――
「金環の支配(サーキュラー・ロード)!」
「ぎゃあああ!」
包囲したワイヤーに締め付けられた海兵たちは血飛沫を上げ、中にいた者たちは人雪崩に巻き込まれていった。
「さて、麦わらは……」
アオイは素早くワイヤーを元に戻すと、体勢を立て直しルフィを追おうと駆けた。
「ゴムゴムの暴風雨!」
探していた叫び声が響き渡る。激しい打撃音と、悲鳴。はっと見上げると、頭上からバラバラと100人以上の海兵たちが落下してきており、そしてその前に広がる光景にアオイは思わず呻きを漏らした。
「これ、まさかあいつが全部……?」
目測でも500は優に超えた、伏せる敗者達。その先にいる麦わら帽子に、アオイの喉がごくりと鳴った。
(あいつ、)
「ゴムゴムの火山!」
「おぉわああああ!」
「ゴムゴムの銃乱打!」
「ぎゃああああ!」
(無茶苦茶だ……!)
建物をぶっ壊しまくり、荒らしに荒らしまくる彼の諸行は普通ではない。何かに激しく突き動かされているような、それは怒りにも似た情熱。
――あんな正直な感情だけで、人は戦えるというのか。
最早どこにいるのかすらも分からなくなったルフィに途方に暮れるよりも、アオイは何故か彼を殺すのが惜しくなってきていた。
彼がここに来た理由は何か。どんな背景があって、彼はあそこまで激昂するのか。彼がまとめる一味とは、どんな奴らなのか。
『とりあえずお前、そこで待ってろ!』
待った先に何があるか分からないが、とりあえず彼はこのあとに人が来ると言っていた。恐らく仲間のことだろう。
彼らが何の志のもと、何をしでかすのだろう――そしてそれは、あの“漆黒の正義”を相手に、果たして。
アオイはついさっき目にしたCP9を思い出す。肩に鳩をとめたヤバそうな奴を筆頭に、全員が明らかに別の次元で生きてきた者達だった。この先、もしルフィたちが裁判所を通過したとすれば、彼らとの戦闘になるのは必至。その時、一味は――
首を取るのは、その行方が分かった後でも遅くはない。
「さて、したっぱ達のお手並み拝見といきますか」
アオイは背後から飛び掛かってきた海兵をペンデュラムで貫いてから、ワイヤーを伸ばし建物の上へと飛んだ。
その直後だった。本当に自分のタイミングは神がかっている。
――海王類により本島前門がこじ開けられ、海列車が突っ込んできたのは。
(20120602)