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「あ、あいつはロロノアだな、賞金稼ぎの。あのぐる眉は知らねぇがいい蹴りしてんな……」

 海列車から飛び出した麦わらの一味をじっと観察し、予想以上のレベルに酷く驚愕する。ロロノアは懸賞金がついていたからまだ分かるとして、他の金髪ぐる眉や天候を操る女も捨てたものではない。あの無差別な雷撃なんて、地上にいたら確実に巻き込まれていただろう。避難しておいて正解だったとアオイはほっと息を吐いた。

「しかし、ねぇ……」

 この政府の玄関に来ても尚、あのリラックスした雰囲気。麦わらも麦わらで能天気そうな雰囲気ではあったが、船員はみな船長に似るのか、それとも全員元からああなのか――

(やっぱり面白いな、海賊って)

 好奇心から、もっとよく話を聞こうと建物を降りる。そのままゆっくりと彼らに近づいた時、大砲を背負った男が吐いた台詞に凍りついた。

「そういやさっき耳にしたんだが、どうやら麦わらさんに協力してる謎の人間がいるらしい」
「ルフィに協力?」

(……おいおいおい)

 まさか
 冷や汗を垂らすアオイをよそに、男はオレンジ頭の女に頷いて見せた。

「あぁ、何でもすっげー殺傷能力のあるワイヤー使いで、男だか女だか分からねぇ出で立ちだったらしい」
「んぬぁあにぃレディーだとぉ!? あのクソゴムは見ず知らずのお嬢さんを争いに巻き込んだってのか!」
「いや、女かどうか分からねーが、そいつの方が麦わらさんを必死に追ってたって話だ」
「はぁあん!? レディを置いていくなんざ、クソゴムはあとで三枚におろしてやる! 待ってて可哀想なレディ! おれがすぐ追い付きますよー!」
「じゃあルフィはそいつと一緒にいる可能性が高いわね」

(衛兵ー! 門兵君ー!)

 訂正を! 訂正を入れてくれ!
 諸事情を知る人々に祈りをあげるも、この戦場に於いての自分の存在は思わぬ方向に猛スピードで直進している。このままではまずい。あの二人がぐずぐずしている以上、誤解は自分で早々に解かねばならない。ここは、この場で高らかに宣言すべきだろう。
 自分はいずれ海兵となり、麦わらの首で出世する、と。
 ――しかし、この一味全員を同時に敵に回すのは得策ではない。かといって後から追いかけるのもまた、衛兵たちに仲間だと誤解される可能性がある。この尋常でない混乱の最中だ、彼らと一緒にいただけで恐らくアウトだろう。一味相手、衛兵相手にしろ、無駄な闘いは後々麦わらと対峙する時の事を考えれば、極力避けるべきだ。それに加え、彼を捕らえるのに自分の力量不足は明白。彼には存分に戦ってもらい疲弊したあとで狙うべきだな、とアオイは思い立った。
 とすれば、全てが終わるまではどこかに避難しておくのが最善だ。アオイは近くに倒れている衛兵を建物の裏へ引きずり込むと、制服をひっぺがした。

「これで十分だろ」

(木を隠すなら森の中ってな)

 海軍のコートを羽織り、キャスケットを深々と被る。これで姿を見られただけで銃弾が飛んでくる、なんてことはない筈だ。

「さて、とりあえず近くまでは追わせていただくぜ」

 目指すは、麦わらへ。
 アオイは周囲を見渡すと、裁判所近くの建物めがけて、密かにワイヤーを伸ばした。



「これより麦わらの一味が海王類に乗ってやってくる!俺や後から来る部隊は中で迎え撃つ準備をするから、お前ら表の警備を頼む!」

 さも仲間のように呼びかければ、混乱のせいか、海兵の格好をしたアオイを訝る者は誰一人いなかった。

「あぁ、応援助かる!」
「ちなみに、俺以外の奴らは足止めされてるから遅くなる。来たら通してやってくれ」
「分かった!」
「……じゃ、あとは任せたぞ!」

 ぎぃと重い扉が閉まり、ざっと見上げると、連絡に急ぎあわてふためく衛兵たちと、何やらケロベロスのような三つ首のどでかい人間。あれが裁判長らしいが、極力彼らに気づかれぬよう背後に回った、が。
遅かった。

「おい貴様!何をしている!」

 鼓膜を刺激するがなり声に、その場にいた衛兵たちが振り返った。視線を遮るように、アオイはキャスケットを深く被り直す。

「裁判長。麦わらがこちらへ侵入したとの情報が入りましたので、我ら本島部隊馳せ参じました」
「なに!それは助かるが、他の者はどうした!」
「残りはただいま向かっております。どうやら麦わらはこちらは通っていないみたいですが……もしかしたら建物を直接越えたかもしれないですね」
「なにぃっ!」
「奥から回ってみますが、向こう側の扉は――」
「開けてよし!」
「はっ」

 海軍式の敬礼をし、奥へと走る。向こう側に扉があるかどうか試しに仕掛けてみたら、まんまと当たったらしい。
 麦わらを追って分かったこと。それは、奴は正規ルートでは進まないふざけた野郎だということだ。とすれば、あの勢いだ、急ぐ必要がある。

(――しかし、あいつの目的ってほんとに何なんだ?)

 それが分からない以上、裁判所に彼が来るかどうかも怪しい。だが、あのひたすら前に進んでいる後ろ姿からは、何か大きなことをしでかす予感を抱いた。
 ――裁判所前で終わるような終焉ではないだろう。恐らくは、この裁判所の先にある、エニエス・ロビー“司法の塔”に行くつもりだとアオイはふんでいた。

(たしか、あそこに直接かかる橋は通常ないって、あの門兵言ってたっけか)

 それを含め、麦わらがどこまでやるのか――

 アオイは反対側まで来ると、衛兵に事情を説明し扉の鍵を受け取った。

「俺たちの部隊がこちら側から外を見張る。お前たちは中の警備を!」
「分かった!」

 どいつもこいつも素直な奴らだ、と軽くバカにして微笑みながら、鍵を回した。そうして扉を開けてから、しっかりと錠を閉める。
 振り返る。目の前に高く聳え立つ、司法の塔。扉と呼べるものは全く開きそうにないが、窓があるのが分かると、アオイはにやりと笑った。
 塔を見つめる。恐らく、正面上部にある大きな窓のある部屋が本部で、あそこに首脳陣がいる可能性が高い。だが窓辺やベランダに人影は特に見当たらず、こちらに気を配る気配はなかった。ただ裁判所内では闘争が始まったのか、金属のぶつかり合う音や怒声が響き始め、麦わらもどこにいるのか分からない。このままでは自分もすぐに発見されるだろう。

(今のうち、か)

 正面は恐らく危険だとして――アオイは右腕で風を裂くように右に振り切ると、くん、とワイヤーの向かう先を微調整し、建物の側面にペンデュラムを突き刺した。

 走る。
 飛ぶ。
 少しだけ谷に身体が吸い込まれると、ぐん、と上空に投げ飛ばされるように浮上する。そのまま司法の塔の壁をひとつ蹴りワイヤーの軌跡を辿れば、右側側面にある部屋の窓へと辿り着いた。一先ず一息をつく。

(侵入は侵入は久々だなぁ)

 そのまま部屋へ忍び込もうと、バリンと窓を割った時だった。

「ロビーン!」

 麦わらが、叫び声をあげた。

 ニコ・ロビン。

(麦わらの仲間だったのか)

「……よくやるぜ」

 しかし、おかげでこちらに対する監視の目が眩んだのには感謝する。
 アオイはそのまま部屋にするりと足を踏み入れる。麦わらたちがここに来るまでは潜んでおくのが懸命だろう。疲れた自分の体を自覚して、アオイはしばらく体力を温存しようと身を隠すことにした。

(20120602)
Si*Si*Ciao