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 クルーそれぞれが迎撃の準備を始めるのをただ見守るしかない自分に、アオイは無性に腹が立った。
 ゾロに(彼自身は無意識だろうが)焚き付けられて、では何をしよう、何をすればいいのか考えた時に、アオイの頭に浮かぶ策は何もなかったのだ。
 起き上がったルフィはまずロビンに声をかけた。それから続々と名乗りを上げて、自由にしかしやるべきことに移るクルーたち。
 フランキーとウソップは配管工事に回って、ナミはオーズを凍らせて、サンジが鎖を巻きつけて、チョッパーは的確に指示を出す。そして、仲間ではないブルックが、ルフィを抱えて――

(一度も、作戦会議もしていないのに)

 なぜ、そんなことができるのか。これが絆かと、アオイはやはり眩しく一味を見てしまう自分に気付く。そして何より、ブルックは自分よりも後に一味と関わっているはずなのに。それなのに。
 ――仮宿と、そう決めてしまったからなのか。だから、役に立てないのか。光の中にいて高揚しても、所詮自分は余所者で、それはずっと変わらないのだろうか。
 船に乗る以前の、司法の島での共闘では、こんな苦しみは感じなかったのに。あの時は、まだ自分は“一人”だった。

(でも、降りるまでは頑張るって決めた。力になるって、決めたんだ)

 海賊狩りの言う通り、落ち込んでる暇はない。考えろ。何をどうすれば、一味に、みんなに――貢献できる?

「ゾロ! オーズの腹を引かせて!」

 頭上から聞こえた声に、ハッと振りかぶった。チョッパーだ。隣にいたゾロはすぐさま反応すると、刀を構えた。

「任せとけ。“三刀流奥義”!」

 冴え渡る剣気を受けて、アオイの肌は一気に粟立った。そうして脳裏に焦げ付いた過去の記憶が――弾けた。

 黒刀。

「“三・千・世・界!”」

 斬りつけた途端、鎖が巻き取られてオーズの背骨が真っ直ぐに伸びる。そこまでを見て、アオイはようやく一味の、ブレーンのチョッパーの意図を把握した。
 置いていかれた感覚を、覚えた。さっきだって、結局サンジとチョッパーを上手く助けられなかったし、ゾロに至っては吹っ飛ばしたも同然だった。
 
(精一杯、頑張ったつもりなんだけどな)

 唇を噛んで佇むアオイを静かに見て、役目を終えたゾロはため息を吐いた。

「やることねェやつは、巻き込まれねェように離れたらどうだ」

 キィン、と澄んだ音とともに刀がしまわれる。誰かのために出来ることを考える。それがこんなに難しいことだったなんて、知らなかった。

「……俺、少しは役に立ててんのかな」

 自嘲気味に吐き捨てたそれは、滲んでしまった本音だ。答えて欲しかったわけではない。だがこの男であれば、おかしな慰めもなく真実を突きつけてくるだろうとは思った。
 ゾロはジッとアオイを見て暫く無言になると、面倒臭そうに口を開いた。

「おれが今、こうしてここに立ってられる理由の一つくらいには、もしかしたら貢献してるかもな」

 ゾロの言葉の意味が分からなくて、アオイは首を傾げた。それにゾロの眉根が寄る。

「一応覚えてはいる。……着地は失敗だったみてェだが、あそこでオーズの追撃を受けてたら、流石におれもやばかった」

 ――それは、あの失敗した救助の礼なのだろうか。だがアオイはそれを自戒していたばかりなので、思いもしないゾロの言葉に返せる言葉が、すぐには出てこなかった。

「へぇ、珍しいことを言われた」
「ここから逃げずに戦力になろうと考えるてめェを邪険にするほど、おれは落ちぶれちゃいねェ」
「……そっか」

 ふと上空で、ブルックに投げ飛ばされ、オーズに向かうルフィが見える。オーズの腕はもはやモリアの力もなく伸びることはないし、既に右腕は使いものにならなくなっている。

「てめェの影だ、ケジメつけろルフィ」
「ケジメ、か」

 ゾロの言葉をぼんやりと聞く。今は見守ることしかできない。けれど、ここまでの少しの間。一味とともに戦ったことに、自分のしたことに無駄はなかったらいい。

 そうして、今度こそ。

「“ゴムゴムの! ギガントバズーカ”!」

 オーズは立ち上がることなく、地面に沈み込んだのだった。



 小さくなったルフィを見て、そんな副作用があるのかとアオイはなんとなく司法の島での決戦を思い返していた。あの時、アオイが駆けつけた時には既に普通のルフィだったが。
 だが、そんな過去のことに脳を使っている場合ではない。朝日がもう見えた。消失の時も近い。

「モリアは……いた」

 既に意識のあったモリアは、オーズの上で力なく腰を下ろしていた。これ以上モリアに何か策があるなら恐ろしいが、オーズという最恐の手札がなくなった今、勝利は確実に麦わらの一味が握りつつある。――にも関わらず、奴の口元が歪んだ笑みに象られているのは、その口から「死さえ脅しにならない」と宣うとは、どういうことだろう?

(日が、本格的に出てきた)

 もう、あとがない。

「……麦わらァ、てめェよくもおれのスリラーバークを、こうもメチャクチャにしてくれやがったな……!」

 モリアが息も絶え絶えそう言えば、小さくなったルフィが無理やり震える体に力を入れて、キッと睨み返す。

「お前がおれたちの航海を邪魔するからだろ! 日が差す前に早く影を返せ!」
「航海を続けても、てめェらの力量じゃ死ぬだけだ……“新世界”には到底及ばねェ……! なかなか筋の良い部下も揃ってる様だが、全て失う! なぜだかわかるか!?」

 影を取り返せと周囲が叫ぶ中、麦わらの一味だけはモリアの言葉に耳を傾ける。何か未来に重い石を落とされるような覚悟で、アオイもモリアの続きを待った。

「おれは体験から答えを出した。大きく名を馳せた有能な部下達を、なぜおれは失ったのか……! 仲間なんざ生きてるから失うんだ! 全員が始めから死んでいるゾンビならば何も失う物はねェ! ゾンビなら不死身で! 浄化しても代えのきく無限の兵士!」

 ドルン! とモリアの足元から影が一斉に放たれる。黒い筋がビャッと勢いよく地面に這い蹲うその様は、蛇が獲物を狙い定めた動きのように禍々しい。

「モリア、お前!」
「……おれはこの死者の軍団で再び海賊王の座を狙う! てめェらは影でおれの部下になる事を幸せに思え!」

 モリアの追い詰められた最後の言葉に、アオイは狂気を孕んだ不気味さと同時に、胸につかえる何かを感じた。喉の奥に何かが詰まったような、それはきっと苦しさだ。
 そう、目の前にいるモリアも、喪失という哀しみを知っている。それがこういう戦い方に、価値観に繋がってしまった。それを否定することは、誰にもできない。なんと寂しい、悲しい狂気なのだろうか。

「……自分は“死さえ脅しにならねェ”のに、仲間の死は恐れるのか、モリア……」

 モリアが大量の影を吸い取っていく。ナミの言う通り、島中の影を集めて自分自身に取り込んでいるのだろう。先ほどルフィが行なったのと、同じことをしようとしている。それすら、今のアオイには痛々しく見えてならなかった。アオイ自身の傷を抉るようで、たまらずに胸元の服を握りしめた。

(モリア。お前に、何があった)

「麦わらァ……! おめェが取り込んだ影は……100体ってとこか……!? ならばおれは200……300……600……700……」

 アオイは一度瞳を伏せて、それから膨れ上がり続けるモリアをすっと見上げた。あの独特な笑い声は、その身体の、その胸の軋み声だ。アオイにはそう思えた。

「1000体だ……!」

(もういいだろう?)

 お前も、楽になれよ。

 握りしめた服を離すのに、アオイの手は、少しだけ震えた。

(20161220)
Si*Si*Ciao