▼ ▲ ▼

「起きなさい」
「ぶっ!?」

 意識が戻りかけた時だった。物音がしてすぐに体は反応したが、如何せん相手が悪かった。避けられなかったアオイは見事にベッドから蹴り落とされると、無理矢理覚醒させられた脳をすぐにフル稼働させた。

(寝てたってやつか、俺)

 確かに記憶は、ある。司法の塔には似つかわしくない、やけに趣味のいいアンティーク調の部屋にテンションが少しだけ上がり、今まで一度も見たことのないプリンセスベッドに足がフラフラと無意識に引き寄せられ、そのまま寝転がってしまったのだ。それからずっと眠っていたのか。いくら眠かったとはいえ、なんたる失態だ。
アオイを蹴り飛ばした美女は、メガネを持ち上げて冷淡にアオイを見下ろす。

「あなた、コートを持ってるのを見る限り、ここの衛兵ね。私の部屋で……というより、エニエス・ロビーで何をしてるの? 場合によっては――」
「っそうだ、麦わらは!?」
「……! 無礼者!」

 何かを呟く彼女を何の気なしにスルーする。それから辺りを見回して、至る所で爆音が鳴るのが聞こえた。

「しまった、麦わらの一味ももう来てやがったのか! 寝過ごした!」
「ちょっとあなた、いい加減人の話を聞きなさい!」
「はぁ? 俺は今忙し、い……」

 最後の言葉を放さず舌先で転がし、ごくりと呑み込む。アオイは今初めて目の前の人物を認識した。あの正門前、ニコ・ロビンを連れて出てきた集団にいた紅一点。

「CP9!?」
「……一応、聞いておこうかしら? CP9が管轄するここに、あなたみたいな子がいる理由」

 一応とはなんだ。答えさせてさっさと殺すつもりか。
 この女に勝てないとは言わない。だが、勝率は相手の戦闘力が分からない以上、出すことはできないだろう。ここは慎重に、微妙に真実を織り混ぜて話した方が良さそうだ。

「や、手柄欲しさに麦わらを追ってたんですけど、ここにいるもんだと思ってたんで……けど、疲れてしまって、気持ち良さそうなベッドがそこにあったから、思わず」
「そう、こんな所までご苦労様ね。ところであなた――」

 言いかけて眉を曇らすカリファを、緊張の面持ちで見つめる。

「インナーが捲れてるわ。さらしから胸が見えてるわよ」
「――!!」
「……貧相だけど」
「あんたと一緒にすんな!」

 後ろを向き急いでさらしを巻き直し、インナーをゆるくズボンにしまうと、顔を紅潮させてアオイは振り返った。

「言うな、……言わないで下さいよ」
「何を? 小さいこと?」
「違いますよ!」
「あなたが女だってことね。言わないわよ、興味ないから」

 自分の存在をまるで虫の如く切り捨てるカリファに片眉がつり上がるが、ここは穏便にすませた方がいいだろう。色々と詮索されたら面倒だった。

「知らなかったとは言え、勝手に侵入してしまい申し訳ありませんでした。すぐに出ていきます」

 アオイはベッドにかけておいたコートをひらりと掴むと、袖を通しながら扉へ向かった。早いところここから抜けて、状況を確認する必要がある。

「待ちなさい。あなた、怪しすぎるわ。……私がそんな簡単に帰すと思って?」

(やっぱり、か)

 しかし、ピンチはチャンスだ。そもそも自分の目的は海軍入りすることだったと思い出す。いつのまにかルフィを捕まえるのが目的となっていたが、これは、もしかしたら。

(あの使えない衛兵に頼るより、売り込むチャンスじゃないか)

 世界政府にして唯一の暗殺集団に推薦されたとあれば、これ以上の話題はない。アオイは振り返ると、ニコリと人の良い笑みで言った。

「いえ、俺も貴女と話してみたいと思っていたところです、CP9」



「へぇ、男装が文化として定着してるだなんて、変わってるわね」
「定着というか、まじないみたいなものなんですよ、故郷では。小さいうちは異性の格好をさせて、悪しきモノから身を守るっていう」
「それであなたは、今でもそうなの?」
「これに慣れちゃったので。中身は女ですが、一人旅だと男でいる方が楽だったんです」
「あら、女でいる方がみんな親切ではないの?」
「この世の男が全員紳士なら、そうですね。――女だからこその厄介事って、煩わしいじゃないですか」
「なるほどね」

 衛兵にしては破天荒なところが気に入られたのか、はたまた麦わらたちが闘っているだろうにのんびりしていることで、誤解が解けたのか。
 ――現在、何故かびっくりするくらいの女子トークを紅茶と供に展開させている。この状況を何気に楽しんでる自分に、ため息の一つもつきたくなってきた。

「あの、カリファさん」
「何かしら?」
「麦わらたちのことは大丈夫ですか? こんなゆっくりしてて――」
「いいのよ。今は人を待っているから」

 どうやらこのカリファという女性、ただ本当に世間話がしたかっただけらしいが、その瞳は決して輝いてはいなかった。この時間に面白さを求めているわけではなく、ただ単に、本当に単純に暇を潰したかっただけなんだろう。この隙間で海軍入りを頼み込んだところで、軽くあしらわれてしまう気がした。
 しかし、この紅茶は物凄く美味しい。淹れ方がいいのか、素材がいいのか。この香りが、思考を安定させる。反対に周囲では建物の崩れ落ちる音が、嫌でもアオイの心臓を緊張で押しつぶそうとしてくる。

「……そろそろ来るかしらね」

 ちらりと扉に目をやると、カリファは新しい紅茶のセットを用意するのか、テーブルの上を片付け始めた。

「あ、ごちそうさまでした。俺、手伝います」
「あら、有難う。紳士ね」

 そう皮肉っていたずらな美しい弓形を吊るすカリファを見て、これが殺し屋なのか、と感慨深く見つめた。

(普通だけど、普通じゃない)

 表面処理された部分が剥がれ落ちた、というわけではなく、裏表があるということでもなく。
 だが人というのはきっと誰しもがいわゆる“ギャップ”を持っているのだろう。それが、普通の人とは異なるというだけの話だ。深く考えても仕方がないと、アオイも席を立ち自分の分のティーカップと受け皿を持ち上げた。

「あの」
「何かしら」

 「まだいるのか」とでも言いたげなほどの無機質な声。本人にそんなつもりはないのだろうが、心底アオイのことなどどうでもいいといった感情を感じ取れる。アオイは気にしないように、しかし先ほどから気になっていたことを尋ねた。

「ちなみに、人を待ってるって、一体誰を?」
「さぁ」
「さぁって」
「誰かは分からないけれど――そうね、みんなが追っている人たちね」
「それは」

 麦わらの、一味

(来たな)

 流れが、俺に。

「……それは、いいことを聞きました」
「そうね、早く逃げたら?」
「ご冗談を」

「麦わらの一味が来たら、俺が捕まえますから」

千載一遇のチャンス。逃してたまるか。

(20120602)
Si*Si*Ciao