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「――ってわけなんだよ。おれァ悪ィが命はないと思ったね、あの剣士」

 アオイが、船で宝物の選別をしている頃――
 被害者の会のうち事の顛末を知る2人を外に連れ出したサンジは、彼らからの話に表情を硬くして黙り込んだ。ゾロの勇士を「泣けちまった」と讃える彼らとは対照的な声色で、サンジは「ルフィが助かりゾロがああなったのも納得がいった」、と呟くと、気にくわないとでも言いたげに――だけれど隠せない心配を言葉の節々に滲ませて、「ムチャしやがる」と独り言ちた。
 それを受けてか、被害者の会の一人は何やら嬉しそうな顔をしてサンジに振り向くと、指を一本、ピッと立てた。

「実はあともう一人いるんだぜ、すげェことした奴!」
「そうそう! 何が起きたか、おれらにはてんで分かんなかったんだけどよ!」

 興奮を抑えきれない彼らに、サンジの特徴的な眉が皺を作った。

「あと一人、あの状況で……?」

 脳裏に浮かんだ人物をまさかと否定するも、サンジにとってそれは明確な答えを持った自問だ。あの時、意識があったのは。そしてゾロと同じく、戦いのあと暫く目を覚まさなかったのは。

「さっき話した通り、七武海が剣士を瞬間移動させた直後……! あの女顔のワイヤー使いから、急に光が溢れ出たんだ!」

 サンジは、咥えていたタバコを危うく落としそうになった。

「……!? 光?」

 慌てて奥歯で噛み締めて、2人を凝視する。

「そう! なんっか青っぽいような金色のような……とにかくめちゃくちゃ綺麗な光がよ、最初はぼんやり――それからすぐにピカー! って辺り一面に広がって!」
「眩しくって、離れてたおれたちも目ェ瞑ったほどだ!」

 光。アオイからそんな色の光が放たれたのを、そんな不思議現象を、サンジはこれまで見たことがない。

「……それで……、どうなったんだよ」

 何も言葉が浮かばないのだろう、それまでより一層精彩を欠いて聞くサンジに、浮かれて報告をしていた海賊2人は次第に神妙な顔を浮かべた。それから互いに目配せすると、間を置いてから言った。

「それが、どうもなってねェんだ」
「……はァ? なんだ、それ」
「おれたちにもよく分からねェ。一応ワイヤー使いの側まで見にいったが、首から下げた宝石がチカチカ光ってただけで、他には何もなかった。たぶん、光の正体はそれだな」
「宝石……」
「気ィ失ってはいたが、ほんとに光っただけだったからな。おれたちはそれよりも、今にも殺されそうな剣士の方が気がかりで、すぐ森の方に行ったよ」

 ――宝石が光ったと、彼らは言ったか。それも辺り一面を黄金に染めるような、まばゆい光を放つ石だ、と。
 だが、サンジが記憶をどれだけ掘り返そうとも、アオイが宝石に準ずるものを身につけていたことはなかった。ように、見えたが。

「なーんかこう、じんわりする光でよ。悪ィもんじゃねェってのは、感じたぜ」
「あぁ、温泉に浸かってる気分っつーかな!」

 サンジは噛みしめた奥歯をゆるりと離し、タバコをふかした。
 宝石職人。アオイは、彼は、確か珍しい石を求めて世界政府に与しようとしていた。職人として珍しい石を加工してみたいのだと、そう言って。

「ただ一介の宝石職人……ってわけじゃなさそうだな、どうも」

 謎の光。七武海と顔見知りであること。そして、“たまたま”鷹の目に育てられたとして、なぜそのツテを頼って世界政府に所属しなかったのか、という疑問。ただの反抗期と呼ぶのは憚られる。何か事情がありそうだった。
 長く嘆息すると、サンジは自らのこめかみを指先で少し、叩いた。

「……これまた面倒くせェ奴を、船に乗せたかもしれねェな。なんだってこの一味は、ンなのばっか集まるんだか」

 そこに含まれるのが誰なのかは、呟いた本人以外知る由も無いが。

「よーし、麦わらの一味、男の美談! みんなに話してこよう!」

 話は終わったとばかりに勇む2つの背中を見て気を取り戻したサンジは、鋭く声を張り上げた。

「待て! ヤボなマネするな!」

 アオイのこともだが、それよりもまずは、男の美談とかいうやつを差し押さえなければ。

「あいつは恩を売りたくて命張ったわけじゃねェ! 特に……自分の苦痛で仲間を傷つけたと知るルフィの立場はどうなる!」

 ゾロの心意気を言い触らすなど、彼の本意を思えば出来るはずもない。サンジが冷静に諭すように言えば、被害者の会の2人は本気で傷ついた顔をした。

「え、え〜〜〜!?」
「どんだけ喋りてェんだお前ら!」

 怒鳴ってから、サンジはふと表情を強張らせて、今度は静かに口を開いた。

「それから、アオイが……そのワイヤー使いのことだが、光を放ったことは誰にも言うなよ」
「え、えええ〜! それもかよ! あの不思議体験、言いてェのにィー!」
「おれたちにとっても知らないことなんだ。言い触らすのは、てめェらのためになんねェと思うぜ……きっとな」

 世界政府側の人間と、関わりのある彼。その秘密を覗くというならば、少し覚悟が必要な気がする。それこそ、部外者の者たちが興味本位に触れていい話題とは思えない。

「みんな無事で何より……それでいいんだ。さァ、メシにするぞ」

 半ば強制的に話を閉めて、サンジはスタスタと歩き出した。――そうだ、今からは勝利の美酒に酔いしれ、今日の戦いの痛みを喜びに昇華する時間が始まる。そこに、自分の料理は欠かせない。
 サンジは鷹揚と腕まくりをして、スッと前を向いた。



 ウォーターセブンの宴再び、というようなお祭り騒ぎだった。あの時のように、町の住人全員が参加者、というものではなかったので小規模ではあったが、身に迫る危機から解放された喜びと、久々の食事にありつけた感動からか、彼らの振る舞いは凄まじい。そこに食べたこともないような美味い料理があるとくれば、尚更だろう。この夜が永遠に続くみたいに、笑顔が溢れている。
 アオイはナイフとフォークを置いて、鑑定に疲れた目と肩を何度か揉みほぐしてから、また再開とばかりに肉を頬張った。ただ肉を焼いただけなのに、サンジの手によればこうも美味しくなるのだと、アオイは何度彼の料理に感服しなければならないのかと一人笑った。だが思い出した決意に、すぐに真顔になる。

「いや、これで最後か」

 賑やかな宴。その燦々と煌めく喜びを優しく包み込むように、頭上にたゆたうメロディー。アオイもその気まぐれなピアノの旋律に顔を上げて、音の源を見た。
 サンジとブルックが、何かを喋っている。それから直ぐに紡がれる音の連なりに、瞼を閉じた。

(ビンクスの酒)

 最後に聞いたのは、いつだろう。最初に聴いたのも、もしかしたら忘れているかもしれなかった。
 自分の記憶の曖昧さに自重したい気持ちを紛らわすように、アオイは咀嚼する力を強くして、ジョッキをぐいと傾ける。――途端、響いた不協和音のせいで狂った手元。ジョッキから黄金色の泡が弾け、こぼれた。

「……ガイコツ?」

 彼に肉体があったなら、掌で覆ったその表情は、歓喜と切なさでくしゃくしゃだろう。
 ウォーターセブンの時と同じように、宴の輪を外れて遠巻きに人々を見ていたアオイは、ブルックの周辺に続々と集まりだす麦わらの一味を正面から認めて、目を細めた。

(仲間になるんだな、きっと)

 なんという理想的な光景だろう。予定調和とは、このことかと思えるような。
 彼らが何を喋っているかは、聞き取れない。とりあえず「鼻割り箸で踊るんだ」と意気込む可愛い筈のチョッパーを残念だと見やってから、アオイは胸に迫る苦しさと火照った体を冷ましに、夜の闇へと体を滑り込ませる。

(ガイコツ、悪いな。お前の仲間入りを見届けてやれなくて)

 それは俺の、弱さゆえなんだけど。

 この一味から消えゆく自分と、彼を比べたら。惨めになってしまうこの心を、どうか許してほしいんだ。
 その背に向けられた一つの視線には気づきもせず、アオイは振り返ることなくその場を後にした。

(20170502)
Si*Si*Ciao