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「利用……?」
「どういうことだ」

 一気に鋭さを孕んだゾロの瞳に、「来たか」とアオイはもう一度身を正すと、きゅっと顎を引いた。

「そのままの意味だ。船長が革命家ドラゴンの息子だと聞いた時から――そこへのツテが出来ればと、この船に乗った」
「海軍の後は、革命軍ってわけか」

 ゾロの険を含んだ口振りは予想がついていたので、アオイは怯むことなく頷く。そこへ今まで黙って見守っていたロビンが、流れる水のように割って入った。

「海軍と革命軍は、水と油よ。……アオイ、私たちは、あなたがポーネグリフを読めることを知っている。あなたの“本当の”目的は、一体どこにあるの?」

 冷静な声色だが、これまで耳を通して入れた彼女の情報の中では、一番不安定なものだったかもしれない。それは、彼女もポーネグリフに関わる者であるが故だろう。アオイの意図によっては、黙ってはいられないとばかりに感情を燃え上がらせている。アオイは乾いた笑みを浮かべ、ロビンの重い意志を撥ね付けるように首を振った。

「石探しだと言ったはずだ」
「はぐらかさないで」
「はぐらかしてねぇよ。あのな、ニコ・ロビン。俺とお前の古代語っつーのは、根本的に持つ意味合いが違うのさ」

 ため息を一つ。

「お前の古代文字っつーのは、そのポーネグリフとやらを読むために学んだものなんだろ?」
「ええ、そうよ。あなたはそうではないと言うの、アオイ?」
「ああ、違うね」

 キッパリと言い、それから水を口に含み唇を湿らせると、アオイは続けた。

「俺の“古代語”は、そのまま実用での言葉でしかない。その石碑? を読むために学んだものでもなければ、まずそれが何なのか――古代文字を扱えることが、どれほどの影響を持つのか。それすら俺の知るところじゃねぇ」
「……ということは、ちょっと待って。まさかとは思うけれどアオイ、あなたやっぱり――古代語を話せるというの!?」

 今度こそ感情を昂ぶらせて、ロビンは手に持っていたグラスをテーブルに置いた。ちゃぷんと水滴が跳ね、クロスが濡れる。他のクルーたちはそんなロビンに驚いたように息を飲んで、ナミが気遣わしげな顔をしてロビンを見た。

「ロビン?」

 ナミの介入でロビンはようやく冷静になると、まだ信じられないというように唇を震わせた。

「……言語というのは、“話す”のと“読める”のとでは意味合いが大きく異なってくる。それを、彼は話せると言った。それはつまり、古代語を扱う人々が、この世界にまだ残っているということ――!」
「あぁ、ちょっと待った。意味合いっつっても、そんな大層なもんじゃねーんだ。ただ故郷には、外来語としてちょっと残ってる。その程度だと思ってくれ」

 興奮するロビンのその先を制すように、アオイは両手を掲げて、それからまたため息をついた。

「だから、正直に言えば――俺の古代語は、お前ほどの重要な意味は持たないんだ、ニコ・ロビン」

 少しぐったりとアオイが言えば、ロビンも繕うように冷静な瞳になると、佇まいを直した。切り揃えられた黒髪が、小さく揺れる。

「……一つ、聞いても」
「どうぞ」
「あなたの故郷は?」

 その一言。聞かれるとは思っていたが――

(なんて、答えるべきか)

 明確な答えを、アオイ自身もまた持っていなかった。

「……分からない。ただ、元はイーストブルーってとこかな」
「何よ、元って。曖昧ね」

 ナミにキツい目を向けられる。さしずめ「ロビンの質問をはぐらかしやがって」とでも言いたいのだろうが、アオイとてそこは自信を持って答えられる質問ではなかったので、疲れた表情のまま首を捻った。

「うーん、8つからは場所が移ったのさ。それまでの俺と、8つからの俺とではだいぶ生活が変わったからな。だから、生まれはその辺だとしても、そんなに関係はないというか」

 「あんまり記憶にないんだ。本当に」そう諦めたような口調で言う。そんなアオイをさらに追求しようとは、大人なロビンは思わなかったのか――口を閉ざした。

「よし、話を戻すぞ」

 ウソップが場をまとめ上げると、真剣な瞳でアオイを見つめた。

「で、お前はこの船を、言い方悪いが石探しのために踏み台として使ってたってことか?」
「今の話だけなら、そういうことになる」

 でも――と続け、アオイは虚を仰いだ。

「なんだか、お前らが羨ましくって。憧れたっつーのも、ホント」

 ポツリと、力なく言う。これがすべての、本心だった。

「船長とかさ……めちゃくちゃ眩しくて。俺とは絶対縁ない人たちだなって思うのに、繋がりが出来たことだけでも……嬉しくて」
「じゃあ、何で船を降りる必要があるんだ!」

 それまで静かに聞いていたルフィが急にいきり立って、アオイは思わずビクリと肩を跳ね上げた。

「おいおい、船長。俺はお前らのこと利用しようとしてるんだぜ。降りて、というか、降ろすのが当然だろ」
「降ろすかどうか、決めるのはおれだ!」

 至極真っ当なことを言われ、アオイは言葉に詰まる。

「アオイ。前におれ、お前ェに言ったよな? お前は何でも、自分で決めすぎだって」
「……言われたな」

 これまた痛いところを突かれ、アオイは心が疲弊していくのを感じた。これこそが、この船長の真骨頂だ。決して鈍い人ではない。ただ、結論を刺すまで、待っていてくれている。それだけ懐が広いという、それだけだ。

「お前ェはおれたちを利用するつもりだったかもしれねェが、でもお前は今ここにいる! お前はただサニーに乗って、ただ一緒に戦ったおれたちの仲間でしかねェ! 違うか!」
「状況だけで言えば、そうだけど……」

 ナミが困ったように反応するも、ルフィの勢いは止まらない。

「それに、お前の目的は何でサニー号じゃ果たせないことになってるんだ! おれたちにだって石探しくらいできる……おれ、前にそうお前に言ったじゃねェか! それでお前は船に乗った! アオイだって、その時それでいいと思ったからじゃねェのか!」

(……参った)

 驚くほど核心をついてくるルフィに、アオイは冷や汗が垂れるのを感じた。真実を刺しすぎて、穴が空いて向こう側が見えそうだった。

「どうせ石探しっつーのも、嘘だったんじゃねェのか?」

 刺々しく口を挟むゾロに、アオイはキッと睨みを入れると、「それは本当のことだ」と唸った。

「じゃあ、ルフィの言う通り、一体なぜあなたは革命軍に用があるの? 海軍も革命軍も……どちらも、ポーネグリフと関わり深い組織だわ」
「暗にそれが目的だとでも、まだ言いたげだな? 残念ながら、それがお前らの盲点だ。俺が変に古代文字と関わってると知ったせいで、そしてお前らがそれらと近いせいで、お前らは思考が鈍った。全てポーネグリフ越しの話になっちまった」

 一呼吸置いて、ルフィを一瞥する。

「俺の本当の目的は、船長の言う通り、そして前に話した通り――石にある」

 「ただ、船長にそこまで看破されちゃあ、話す内容は少し変わるけどな」と呟いてから、スッとサンジを見た。
 これまで会話には参加せずただ黙って聞いていたサンジは、まさか自分に目線を向けられるとは思っていなかったのか、驚いたように目を見開く。

(……黙っててくれて、ありがとうな)

 アオイは意を決して、素早くストールを緩める。そして、そこから蒼く煌めく宝石を取り出した。その手は――少しばかり、震えてしまったが。
 ナミがすぐさまそれに目を奪われ、カメレオンの如く瞳をベリーに変えた。

「わぁ! なんて綺麗なの……!」

 うっとりと悩ましげに言って、ロビンも同意するように「こんな綺麗な青い光、初めて見るわ」と零した。
 アオイはそれぞれの反応をゆっくりと一瞥すると、静かに切り出した。

「このペンダントは、俺の一族に代々伝わるモノだ。使われている青い石は、俺の故郷でしか採れないことになっている」

 ことりと席に置いて、その輝きを存分に全員に見せる。サンジだけが、何か言いたげにこちらを見ていて、アオイは「大丈夫だ」と目を細めた。

「だが、俺の故郷からこれは全て持ち去られた」

 手にとって光に翳し、アオイは目を伏せる。それから指先に念を込めると、それまでの青い輝きから徐々に色が移ろい変わり――金色が柔らかく零れ始め、水面となって部屋一面に溢れていった。

「な、なんだこれー!」
「すっげェ!」

 興奮するルフィの声と、チョッパーのつぶらな瞳に、綺羅と金が反射する。淡い光に皆が驚く中、サンジが小さな声で「これが……」と呟いた。

「この石は、持ち主の適正に合わせて色を変える。いわゆる変色性の、極めて珍しい石だ」

 フッ……と、念を消し去れば、それまでの金が縮小し、チリチリと消滅していったかと思うと、元の青い光に戻った。

「これが昔――本当に、昔。世界政府に盗まれた」

 全員が、アオイを見つめた。

「俺は、一族のため、それを取り戻す義務がある。そのために、生きている」

 一言一言、噛み締めるように。

(だってこれは、誓いだから)

 終わりだとばかりにアオイは青い石をパッと握りしめると、隠すように元の場所に戻して、それからルフィを見た。

「つまり、この石の在り処は世界政府の中枢。お前らを連れて行くわけには、いかないよ」

 そして、見つけたところで――
 ともにいることなど、できやしないのだから。

(20170615)
Si*Si*Ciao