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 カリファが言った通り、扉の向こうから騒がしい音が聞こえたのは、アオイたちが食器を片付けテーブルを綺麗にして間もなくだった。

「こちらに向かってますね」
「そうね。……あなた、本当にやる気なの?」
「勿論」

 扉の前に立ち、キャスケットを深く被りストールを巻き直すと、ホルダーを構えた。扉を開けたが最後、最高速度でもって心臓を貫いてやろうとアオイは気を引き締めた。
 だが、カリファは淡々と言った。

「あなたの手柄にしてあげたいのは山々だけど、私にも任務があるの」
「と、言いますと」
「あなたの出る幕はないわ。殺されたくなければ――」

 カリファの瞳が鈍く光った、その時だった。
 扉を蹴飛ばす音がしたのは。

「ここはどうだァ!」

 金髪。タバコの煙。息を切らした、スーツの男。
 アオイと彼の目線が、バチリと合った。彼は一瞬目を見開いたかと思うと、眉間に皺を寄せた。
 彼は、

(ぐる眉か)

「どうぞごゆっくり」

 いつのまにか彼の背後を取っていたカリファが扉を閉めたらしい。流石はCP9、余裕そうに髪を耳にかけ、近寄った。

「お茶でも……入れましょうか」
「あ、お願いしまふ」

(おいおい、目的はいーのかよ)

 とは言え、自分の将来のために今カリファに嫌われるのはまずい。アオイは紅茶を用意し始める彼女に合わせ、テーブルにナフキンを敷く以外なかった。



「てめェ、レディにお茶を淹れさすとはどういう了見だ」

 ぐる眉はサンジというらしい。彼はカリファに目をハートにさせたかと思いきや、隣で普通に席に着くアオイにやたらとつっかかってきたため、いい加減にしろと軽蔑のこもった眼差しをやった。

「うるせーな、ぐる眉。俺が淹れるより、そのレディが淹れたお茶を頂く方がてめぇも気分いいだろ」
「カッチーン! ぐる眉っつーのは誰のことだ!?」
「お前以外に誰がいるってんだ。鏡持ってきてやろうか、ぐる眉」
「二回も言うとは許さねぇぞこのクソちび野郎!」
「ぁあ!? 誰がチビだ!」

 キャンキャンと喚き合う二人の前に紅茶を出すと、カリファはふふっと笑った。

「この子、実は女の子なのよ」
「え!?」

 驚き固まるサンジと、隣でにこやかに笑うカリファに思わず舌打ちをする。

(……遊んでやがんな)

「くだらねぇ、俺は男――」
「た、確かに帽子でよく見えなかったが、顔立ちがれっきとしたレディだ……! おれはなんて失礼なことを!」
「いや、だから俺は――」
「あぁ、麗しいレディ! 貴女を傷付けた罪深い僕にどうかご慈悲をー!」
「ごちゃごちゃうるせぇしご慈悲とかキモいわ! 男だっつってんだろ!」

 「話を聞け!」と胸ぐらに掴みかかると、はっと我に返った瞳に睨まれた。

「てめェ……おれを騙しやがったな!? 紛らわしい顔しやがって!」
「なにが紛らわしいだ。勝手に勘違いしやがったてめぇが悪い!」
「おれは女の顔した男がこの世で一番嫌いなんだよ!」
「はっ、女と男の区別もつかねぇ女好きなんてお前、ただの変態だろ? 俺も変態は嫌いだ」
「なんだと!」
「ふふ、元気ね……」

 優雅に紅茶を口に含むカリファを見て、アオイはくそ、とそっぽを向いた。彼のペースは疲れる。こうなったらチャンスが来るまでは徹底的にシカトするのがいいだろう。

「大体、テメェはレディの扱いを――」

 言いかけて、サンジの動きがピタリと止まった。

「いかーん! お茶なんて飲んでる場合じゃね〜っ!」
「……何を今更」

 椅子から転げ落ちたサンジをはっと鼻で笑い飛ばすと、「うるせぇ」と凄まれた。事実を言ったまでなのに、挙げ句の果てに「恋の罠という名の高潮に飲み込まれるところだった」のだとポエムをのたまうサンジを見て、アオイは引いた顔を隠しもせず「うわぁ……」と零した。

「……もう3杯飲んだじゃない」
「馬鹿じゃねぇの」
「えーい、うるさい魔女め! そしてチビ野郎! もう罠にはかからんぞ! 海列車でロビンちゃんをひどく侮辱した“CP9”をおれは忘れねぇ! 鍵を寄越せ!」

(鍵?)

 カップに残った紅茶を飲みながら記憶を掘り起こす。確か彼女の手には、海楼石の手錠がされていた筈だ。ということは、ニコ・ロビンは能力者で――

(さっきの麦わらの様子から見ても、麦わらの一味ってのは確定か)

 しかし、サンジ含め、この一味は全員ニコ・ロビンを奪還するためだけに世界政府にケンカを売ったというのか。
 あの麦わらの激昂を思い出す。仲間一人のために、世界最強の権力に楯突くとは――

(嫌いじゃ、ないな)

 敵味方になるのが、残念なくらいに。

「探してみて?」
「ィ喜んでーっ!」
「……」

 withoutぐる眉だが。
 やはり自前の眉毛に相応しくアホな男だ、とそのやり取りを横目に、紅茶を口に含もうとしたその時だ。
ピリッとカリファから身体を動かす気配を感じる。アオイは無意識に右腕を振り上げると、天井に錘を突き刺し空中へと舞った。
 途端、机ごと吹き飛ばされたサンジを見て、安堵のため息が出る。「おれの馬鹿やろう!」と叫ぶ彼に哀れみも感じたが。

「あら、なかなか反応いいわね」

 ブラブラと天井に吊るされるアオイに目を向け、カリファは腕を組んだ。

「珍しい武器ね。ワイヤーかしら?」
「まぁ、そんなとこです」
「ワイヤー、だと……?」

 ゆっくりと起き上がったサンジの訝った声に例のやりとりを思い出し、まずいとアオイが着地した時には、遅かった。

「女みたいな男、それにワイヤー使い……間違いない、てめぇがルフィに協力してたって奴だな?」

(20120602)
Si*Si*Ciao