▼ ▲ ▼

それは黒曜石に似た

「今日が誕生日だって? お前」

 そう俺が声をかけると、上半身を露わにして鍛錬に精を出していた海賊狩りは、鋭い目をこちらに向けて、プイと顔を背けたかと思うとそのままダンベル運動を再開した。

「それがどうした」
「は、つれないの。祝いに来てやったんじゃねーか」
「テメェのそのツラ見て祝いだなんざ、鈍感なルフィでも思わねェだろうよ」

 チッと舌打ち一つを、隠しもせず。
 確かに俺の口角は、俺自身の意思とは遠く離れたところで操られているかのように重力に逆らっているし、目も弓形になっている自覚はある。特にこいつに対してで言えば、常の俺とは異なる態度だろう。つまりはどうみても――

「何企んでやがる」
「まぁまぁ、そう警戒すんなって」

 ニヤニヤ。そう一言で表現できる俺の態度に痺れを切らしたのか、海賊狩りは拒絶するように背を向けた。

「生憎とおれはテメェの用事に付き合うほどヒマじゃねェ」
「へぇ、修行に忙しいって?」
「分かってるならそれでいい。とっとと……」
「はぁ〜〜、それじゃあ、この刀業物特集&鷹の目の男に聞く! 20000文字インタビュー! の雑誌もいらねーってことか」
「……なんだと?」

 振り返った海賊狩りの眉尻が吊り上がったのにほくそ笑んで、俺はパラパラとページを捲る。

「え、鷹の目のやつ、こんな秘奥義の話までしちゃうの! はーっ、これとかなんて剣士の極意に通ずるじゃんか、太っ腹なインタビューだなぁ」
「おい」
「この大業物、綺麗な刃紋と反りだな。こんなの剣士から見たらヨダレものだよ。え、歴代所有者は……」
「おいテメェ!」

 パタンと雑誌を閉じる。こちらをギン、と睨む瞳に応えるように、俺は同じ熱量を持って目の前の奴を見つめた。
 俺の口元は、にんまりと歪んでいるに違いない。

「なんだよ海賊狩り」
「それ持ってこっち来い」
「へぇ、欲しいの?」
「一瞬覗くだけだ」
「素直じゃねぇなぁ」

 近づき、「ほれ」と雑誌を手渡すと、海賊狩りの背中に滴る大量の汗に気付いて、側に掛けてあった手拭いも序でに差し出した。僅かに眉根を寄せられたような気がするが、気のせいか。

「……コックが言ってたのは、これか」
「なにが?」
「いや、なんでもねェ。それにしてもこりゃァ……」

 巻頭扱いの鷹の目の男の特集ページをスルーすると、海賊狩りは業物一覧の写真を食い入るように見つめ、唸った。

「こういう、本だの人からの話だの……そういう情報は心底どうでもいいと思ってたんだが」
「知識なんかなくても、物に出逢ってから考えばいいってことか」
「知識があったところで、使いこなせねェと意味がねェ。こんな紙の上での話は眉唾に思えてならねェし、おれには必要ないな」
「実践派のてめーらしい言い分だよ、海賊狩り」
「……だが、この本はよくできてる……」

 出版元は世界政府直属の出版社だ。海賊狩りの視線がとある箇所に止まったまま動かないので、俺は首を傾げた。

(監修者: T)

「どうした、急に引き攣った顔して」
「いや……オタクの行動力はすげェ、と」
「は?」

 本気で心配そうな顔をしていたのだろう俺を気まずげに見ると、海賊狩りは手拭いでガシガシと汗を拭った。

「おら、これくれるんだろ。もう用はねェはずだ」
「……てめぇって奴は、貰う側の人間とは思えねー態度だな……」

 うんざりとはするが、俺としても元からそのつもりだったので、軽く肩をすくめるに留める。ふと視界の端にとらえた海賊狩りの腹巻と上の服をまたにんまりと見つめて、俺はそれらを手に取った。

「……おい、何してやがる」
「これ、洗うんだろ? 着替えはそこにあるみたいだし、こいつらは持ってってやるよ」
「いや、腹巻はまだいいんだが」
「つべこべ言うなって」

 軽く笑って、俺は最後に振り返って海賊狩りを見た。

「ま、おめでとう」

 そのまま梯子を降りていくその姿をぼんやりと見送って、ゾロは頭を掻いた。

「あの裏のある顔は、何だったんだ……」

 鷹の目の男のページを開く。なぜか巻頭グラビアのような写真があったが見なかったことにして、ゾロは久々に文字という媒体に目を通した。
 時間が経つのも、すっかり忘れて――

 翌日。

「おいテメェ、チビ野郎! こりゃ何だっ!」
「おぉー! ゾロ腹巻すげーかっこ良くなってんな!」
「と、我らが船長はお気に召しておりますが」
「目輝かせんなルフィ! チョッパー、お前もだ!」
「悪くねーだろ、黒い輝きがオシャレなアクセント。鋭い黒の光は剣士によく似合うぜ」
「これは、黒曜石かしら」
「そうそう。流石ロビンだな」
「ギラギラしてるわねぇ」
「ゾロにしては、派手だなァ」
「毬藻に装飾品なんざ百万年早い!」
「スーパー! な、いいセンスしてるぜ!」
「お前に褒められると不安になるのは何でだろうな……」
「うるせェテメェら全員黙れ! おいチビ助、勝手におれの物に手加えやがって――」

「……誕生日、プレゼントなのに……」
「うっ」
「似合うと思って、夜なべして縫い付けたのに……」
「くっ……!」
「おいゾロ! こいつのこと泣かすなよな!」
「……ッ仕方ねェ! 船長に免じて今回のは我慢してやるが、次やったら叩っ斬るぞ!」

 きらりと反射する黒い光は、誰の目にも鋭く、煌めくのだ。


「…………ぶふ。海賊狩りがキラキラしてるぶふふ」
「よしテメェ表出ろ」
Si*Si*Ciao