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クリスマスについて

「雪合戦やろうぜ!」

 グランドラインの天候は荒れる。春を感じる穏やかな日差しと思った次の瞬間、急な吹雪に襲われるなんてことは、もはや日常だ。
 特に冬島に近付いている今、この海域での雪の降り方は尋常ではなかった。一味全員(※指示を出す女性陣以外という意味で)が凍えそうなほどの寒さの中必死に雪掻きを終えて、コックが入れた温かいドリンクを全員でいただき、たった今一息ついたところなのだ。俺は胸いっぱいにコーヒーの芳しい香りを吸い込んでご満悦だった。
 それなのに。この船長は無邪気に何を言っているのだろう。

「おー! やるやるー!」

 目を輝かせるチョッパーは、流石は雪国生まれなだけあって寒さには強いのか、俄然ノリノリである。

「はっはっは! また無謀にもこのキャップテンウソップに勝負を仕掛けてくるとは……受けて立とうじゃねェか、ルフィ!」
「なにをー! 今度こそ負けねェぞ、ウソップ!」
「……なるほど、狙撃手のウソップが輝く戦闘ってわけか」

 まぁ、俺には関係のない話だ。適当な感想を述べてからカップに口をつければ、当たりだと言うようにウソップは鼻高々と(おかしな表現かもしれない。けれどそう見えた)こちらを見て、グッと親指を立てた。相変わらず褒めると面白い奴だ。鼻が今にも伸びそうで。いや伸びてるのか、既に。

「雪になるとウソップは大活躍なんだ! 雪像もすごかったろ!?」
「あー、確かに。ほんと器用だよな。俺、ちょっと感動したもん」

 チョッパーの言葉を受けて、窓の外、奥に鎮座する氷の女王の像をチラリと眺めた。その洗練されたシルエットとディテールに拘った美しさと言ったら、ため息ひとつでは足りない。本物の宝石を埋め込んでみたくなるほどの完成度だった。

「そうだろう、そうだろう! よく分かってんじゃねェか、流石は宝石職人だな。もっと褒めていいんだぞ!」
「うん、特に感動したのは指輪とブレスレットの表現だな。あの窪みはよっぽど物を観察する目を養ってないと思い付かないカタチで――」
「なぁなぁ、雪合戦、お前ェもやろうぜ!」
「……今は芸術について語ってたはずなんだけど、船長」
「なんだそれ面白いのか」
「よし分かった。全く聞いてなかったわけだな」

 はぁ、とこめかみを押さえる。それからカップをカチャンとソーサーに置いて、俺は船長に向き直った。

「あのなぁ、お前が遊びながら雪掻きしてた間、俺がどんなだったか知ってるか?」
「死にそうな顔してたな」
「よく分かってんじゃねーか! それで雪合戦なんざ嫌がらせか!」
「何でだよ! 後片付けとか掃除みたいのが嫌いなだけだろ!」
「お前と一緒にすんな!」

 ムギギギと船長のよく伸びる頬をこれでもかと引っ張って、パチンと離した。

「俺は寒いのが嫌いなの。それにお前らとは違って、大人なわけだ。つまり雪合戦なんて野蛮な真似はせず、この部屋から優雅にコーヒーを飲みながら、降り積もる美しい雪を見ている方が俺には合ってるってことさ」
「はー。なんだおめェ、それただのもやしっ子発言じゃねェか」
「な、なんだと!」
「あはは、ルフィに一本取られたわねぇ」

 快活に笑うナミが恨めしい。確かに核心というか、真実を突きつけられたような気がしなくもないので、チッと舌打ち一つ。

「てめェは身体鍛えるためにも、参加したほうがいいんじゃねェのか?」

 ニヤニヤと言っているであろう、その顔を睨みつけたくて勇んで振り向いたら――コックが思いの外真剣に考えてそう口にしたのがその表情から分かって、ちょっと凹んだ俺がいた。

「は、ははは、ご忠告、どうも……」
「おいサンジ! お前も参加だからな! つーか全員だ、全員!」
「ふふふ、全員でなんて、楽しそうね」
「いやいや、でもさぁニコ・ロビン。全員なんて逆に場所足りなくて面白みに欠けるんじゃ――」
「おれなんざ、身体でけェから標的にされやすそうだな」
「ヨホホ! 逆に私は細いから狙われにくいですね!」
「いや、お前は細いとか以前の問題で……ってそうじゃねぇ。変態もブルックもサイボーグと骨で温度が分かりにくいのかもしれねーけどな、外は極寒で――」
「極寒の中での運動は鍛錬になるな、付き合うぜ」
「鍛錬馬鹿は黙っとけ!!」
「あんた、話の誘導が下手ねぇ」

 呆れながら笑ったナミに、縋り付く思いで俺は視線を向けた。マジで雪合戦とか無理! 寒いの嫌い! もうここから一歩も出たくない!
 そう瞳で訴えれば、ナミは仕方ないわねと軽く息を吐いて、髪をかきあげた。

「そういえばあんた、そろそろ引きこもって作業するとか言ってなかった?」
「え……」
「ほら、もうすぐクリスマスだから、飾り付けの宝飾品作るって」

 語尾にハートマークが付く声色で言われ、やられたと思わなくもなかったが。つまりは、絢爛豪華な美しいクリスマスにしたいと言うのがナミの魂胆だ。やはりただでは動いてくれない女である。
 けど急に任された仕事に、少しワクワクしてる俺がいるのも、本当。
 クリスマスの飾り付けか。悪くないな。

「そ、そうそう。この船を綺麗に飾ってやるからさ、船長!」
「うおー! サニー号がパワーアップすんのか!」
「そうそう、だからさ、俺は作業部屋戻ってもいいかな?」
「おし! それなら許す!」
「よっしゃありがとう!」
「あの雪像残したいわねぇ。イルミネーションにピッタリだし」

 そうして、久々に俺は大掛かりな仕事を開始したのだった。

(雪合戦の結果? みんなでルフィ集中狙いだったわよ)
(え? 何で)
(あの雪像を盾にして壊したから)


******


 雪は、止まない。

「おーいウソップ、どんな調子?」

 モミの木を整える背中に俺はそう声をかけると、白銀色に染まった芝生までの階段を慎重に降りた。変態――もといフランキーととともに作り上げた宝飾品の入った箱は、思いの外重い。重力のままにドサリと置けば、しゃがみ込んだままウソップはこちらに顔を向けた。

「おう、そっちもできたか」
「まぁ色々あったけど、なんとかな」
「なんだ、色々って」
「あの変態海パン野郎は、宝飾って物のなんたるかが分からねーらしい」

 「どうしてクリスマスイルミネーションの飾りを爆発させたがるんだ」と俺がボヤけば、「フランキーならやりそうだなァ」と苦笑いを浮かべる。だが作業する手を止めることなく、ウソップは最後のモミの木を完成させると、立ち上がってうんと背伸びをした。
 芝生の甲板両側にズラリと立ち並ぶ雪像のそれは、圧巻で見事の一言だ。

「これでいいか?」
「うんうん、上出来。さすがはウソップだな!」
「おいおい止してくれよ、こんなのおれ様にとっては朝飯前だぜ? なんたっておれはキャプテ〜〜〜〜ン!」
「よし、早速飾り付けだ」
「ウソーップ!」
「そうだな、じゃあ張り切ってるキャプテンは、両側のシュラウドにこれを架けてくれ」

 箱から目当ての物を探り出すと、俺はウソップに手渡した。

「お、すっげェ綺麗!」

 それは、色取り取りのランプが連なった、一つのチェーンのような物だ。宝石職人の腕によりをかけて、ランプ自体にも、それを繋げるチェーン自体にもふんだんに宝石を埋め込んだ。勿論、カットは一番反射率が高くなるように。そうでない玉には、トリートメントに光沢塗料を混ぜて。
 本来アクセサリーには施さない過ぎた処置だが、遠目から見るのだから、過剰なくらいが丁度いい。

「だろ? ランプはフランキーが図面引いてくれてさ。いい形だよな、クラシカルで」
「外に埋め込んでる宝石の反射と、火の色の相性も最高だろ、きっと」
「お、流石の目の付け所」
「それに、チェーンも細けェ。ところどころアクセントに使ってるこの垂れた部分、いいなァ」
「……俺、この船にお前がいて嬉しいよ、ウソップ」

 船のシュラウドと呼ばれる縄の両側を結ぶように、アーチ状に架かるランプと、煌めくチェーン。それが幾重にも重なり連なるとなれば――さぞかし幻想的な雰囲気になるだろう。火を入れる夜の瞬間が楽しみだ。

「じゃ、俺はモミの木を彩飾するかな」
「けどおめェ、寒さ弱ェんだろ? ここで作業、大丈夫か」
「うん、だから早く仕上がるように頑張るよ」
「よし、それじゃあツリーは頼んだぜ。それがねェと、クリスマスは始まらねェからな!」

 そう言ってウソップはシュラウドによじ登ると、手際よくチェーンを結びつけていった。それを下からぼんやりと眺めて、俺もやるかとガサゴソと箱からオーナメントを取り出す。

 磨き上げた鈴(フランキー作)
 オーナメントボール(フランキー作のボールに、表面を金属癒着で色付けた)
 スノーフレイクボール(表面の銀色のきらめきは、勿論ダイヤモンド粉をまぶした物だ!)
 リンゴ型のボール(フランキーのスーパー! な自信作らしい)
 それからカット屑で余らせた宝石を貼り付けたリボンに、煌めくモール、  etc. etc...

 そして星型にカットした、巨大な黄水晶のスター。勿論これも、オーラ加工済みである。

(贅沢だなぁ)

 巨大な黄水晶は、以前立ち寄った港で格安で売っていて、思わず手を出した。何でもその島の特産らしく、質形ともに申し分なかったので、大量に買い込んでおいたのだ。現地でならば、あの値段で卸されるとは。全く卸業とはぼったくりである。
 相変わらずハイクオリティなモミの雪像に、丁寧に、壊さぬようオーナメントを引っ掛けたり埋め込んだりしていく。思いの外雪像は硬くて、ほっとしながら順調に手を進めた。

 そうしてオーナメントの電気配線まで終えた頃、ダイニングの扉が開いた。

「よ、2人とも進んでるか」
「コック」
「おら、差し入れだ」

 トレイに置かれたマグから、はみ出す白い生クリームを認めて、俺は思わず喜びの声を上げてしまった。

「カフェモカだ!」
「――なんだ、珍しく素直な反応だな」

 目を丸くするコックに、はたと我に返った。なんつー恥ずかしい態度を取ってしまったんだ。しかも、こいつの目の前で!

「――別に」
「ぁあ? いらねェんなら、こいつはおれがいただくか」
「う……」
「…………」
「……い、嫌だ下さい」
「ふ、始めからそう言やァいいんだよ」

 ニヤリと笑うコックは、それでもやっぱり優しい。こうして気を利かせて差し入れだなんて、俄然頑張る気になるというものだ。
 マグを手渡され、今は手袋をしていない両手で包み込めば、かじかんだ指先が柔らかく生き返っていく。そうして暫くした後、一口。コーヒーでも紅茶でもホットチョコレートでもなく、苦味と甘さが、この寒さと疲れた体にマッチして有り難かった。

「……美味しい」
「知ってる」

 何でもないように新しいタバコにシュボッと火をつけるコックに、俺はムッとした。

「何だよ、お前こそ素直に喜べよ」
「言葉なくても、お前の顔見たら分かるからいいんだよ」
「な、何だそれ」
「お前、分かりやすいからな」

 フッと笑われ、タバコの煙が上がる。また気恥ずかしさがこみ上げた俺は、態とらしくフンと鼻を鳴らした。
 ――その鼻先に、ぱらりと雪が舞ってきて。俺とコックが目を細めながら上を向くと、蒼白な顔をしたウソップが――そこにはいた。

「えー、おめェら。おれはいつ下に降りればよろしくて……?」
 
 ライトアップまで、あと少し。

(はぁ? 別に降りてくればいーじゃねーか)
(今の雰囲気に割り込めるほど猛者じゃねェぞ、おれは!)
(雰囲気ぃ?)
(……クソチビ、耳貸さなくていい。こいつはただのアホだから)
(うぉいサンジ! そもそも元凶おめェだからな!? なーんか優しいオーラ出しやがって、って、聞いてるか!?)
Si*Si*Ciao