即発

 ありえない、と思う。ここにいるメンバーのほぼ全員が、目の前の事実が嘘ではないかと耳を疑った。しかし、彼らがこういう場合に最も信頼するパクノダの念能力が、「彼女の言うことは嘘ではない」と言っている時点で、どちらが真実であるかなど明白だった。
「だから何回も言ってるでしょ。私、絶対この世界の人間じゃないって」

*****


 数刻前、突如森に現れた奇怪な女。使う技の異質さといい、身のこなしといい、ただ者ではないと警戒していた矢先、彼女は濁りなく言い放った。
「ここはどこなの。あなた達の反応から見て、私、たぶん違う世界から来ちゃったと思うんだけど」
 思わず滑り転けそうになったのは一人や二人ではない。その言葉にフィンクスは「ふざけてるのか」と腕を振り回し始めるし、マチも念糸を取り出す始末だ。彼らの臨戦態勢に気付いたのか、彼女は少しだけ動揺したように「ちょっと待ってよ」と手をあげる。
「少しは話聞いてよ。何この問答無用な感じ。そんなに余裕ないわけ?」
「……全員、少し我慢しろ」
 団長の言うことは絶対。渋々とではあるが、皆がそれぞれオーラを収めると、クロロは改めて彼女に向き直った。
(この女、底が知れない――)
 目の前の女は、体術のみで見た場合、恐らく旅団員の中の誰よりも優れているだろうとクロロは分析した。0.1秒単位の動体視力をメンバーは持っているが、恐らくこの女はそれをも凌ぐ0.01秒単位。危機察知能力なら旅団員でも0.01秒を肌で察することは可能。しかし、それを持ってしても彼女の動きがとらえられなかったということは。
 念を知らないような口振りではあったが、先ほど完璧な絶をしてみせたわけで、またオーラを気付かせず複製を大量に作り出した辺りから、相当な陰の使い手でもあるのだろう。
 この人数のメンバーがいて、最悪の事態になるとは思えない。だが、団員を無駄に犠牲にするわけにもいかなかった。相手の実力が測れない以上、下手な喧嘩を買うのは愚の骨頂だ。クロロはそこまで思案すると、冷静に対応した。
「違う世界から来たというのが事実だとして、洋館に入った理由は? ここはオレたちのアジトで、許可なく誰かが足を踏み入れた場合、感知できるようになっている。事によると、オレたちはお前を殺すことを厭わない」
「だから、手掛かりを探してたの。元の世界に帰れるね」
 うんざりと言うと、彼女は洋館を振り仰いだ。
「この建物、実物じゃなく何か特別なエネルギーで出来てるみたいだから、不思議だなと思って。ということは、人の手が加わってる可能性が高い。もしそうだとすれば、自然と管理してる人間がいつか来るだろうし、この中に元の世界への情報があるかもしれないと思ったのよ。だから、管理者であるアナタ達を待つってことで少しお邪魔してたわけ」
 あ、ちなみにお邪魔してたのは影分身の方ね。一応本体は外で見張ってたから。
 さも悪気もなくべらべらと喋る彼女。そしてその言葉の意味に、団員たちは訝った表情でお互い顔を見合わせた。
(念を見破れるのかよ)
(でも念のことは知らない風だったわね)
 ひそりと会話するマチとフィンクスを横目に、彼女は肩を竦めた。
「さて、私にアナタ達から殺される理由があるのかしら? ……もっとも、殺されないけど」
「団長」
 それまで黙って様子を見ていたウボォーギンが、低い声を出す。クロロは視線だけ向けた。
「なんだ、ウボォー」
 拳を固く握ると、ウボォーギンは顔を上げる。ゆっくりと姿を現したのは、獣のようにギラついた目だ。
「オレにそいつを殺やせてくれ。これ以上我慢ならねー」
「それは――」
「いいわよ」
 遮ったのは、このよく響く声だ。
「その人、さっきから殺気丸出しで私も不快だったの。そっちがお望みなら丁度いいわ」
「てめぇ、すぐにその減らず口利けなくしてやるぜ」
「ウボォーギン」
 咎めるように呼ぶと、懇願する純粋な瞳がクロロを見下ろした。しかし黒い双眸は依然として光を宿さなかった。
「団長、頼む。止めてくれるな」
「ウボォー、判断を誤るな。さっきもシズクに言ったが、それはあとだ」
「けどよぉ!」
「団長の言う通りだよ、ウボォー。オレたちは、彼女をもっと警戒するべきだ」
 少し離れたところに立っていたシャルナークが近づき、その逞しい肩にポンと手を置く。
「幸い、どうやら彼女の狙いはオレたちの宝じゃない。アジトは知られたが、それだってコルトピの能力だから24時間で消える。顔も割れたが、そんなのは今更だ。これだけ考えれば、いかに彼女との戦闘が無駄であるか分かるだろ?」
 未だ何かを言いたそうなウボォーを目で制すると、シャルナークは「それに、」と続けた。
「オレも、彼女に興味あるしね」
 ふたつの視線が重なる。漆黒の瞳は黙ってその線を受けると、すいと逸らした。
「なによ、結局取り止め?」
「パクノダ、こいつを調べろ」
「OK。何を聞く?」
「ちょっと、私を無視しないでって」
 パクノダは努めて冷静に彼女を無視し、足を向けた。しかし、相手の正体が良く分からない以上、普段より更なる警戒心を保たねばならない。パクノダは、かつてこれほど気が急く取り調べをしたことが果たしてあったかと、記憶を掘り起こした。
 そんなパクノダの心など露知らず、目の前の女は、「え、なに、拷問? 痛いの嫌いなんだけど」としれっと口にするものだから、一瞬で緊張の糸が緩むのを感じた。
「……安心して、そんな悪趣味じゃないわ。ただ私が触れるだけで、貴女の記憶を読み取らせてもらうのよ」
「へぇ、何それ凄い便利じゃない? いい能力ね!」
 まるで友達に話しかけるみたいに笑顔を向ける彼女に思わず苦笑いしてしまったのは、きっと気まぐれだ。そう思いたい。
 彼女は朗らかに笑っていた。
「それなら是非、私の心を読んでよ。私がどれだけこの現実に苦労してるのか、きっと今に分かるから」
「そう。じゃあ、聞くことは決めなくてもよさそうね。そのまま楽にしていて頂戴」
「OK」
 パクノダの手が、彼女の肩に触れる。彼女はひとつも警戒することなく、瞳を閉じた。
Si*Si*Ciao