黄の節制

朝食が終わり、のんびりしていたところにノック音が響く。
また警戒しつつドアスコープを覗くと、昨日のように空条と花京院がドアの前にいた。

「烈子さーん誰だったー?」
「昨日と同じ二人組」
「えっ!ジョジョ!?」
「あっ……もう、アンちゃんたら」

敵じゃないか確かめる前にアンちゃんがドアを開いてしまった。

「よぉ」
「……偽物じゃないよね?」
「ふふ、まさか」
「ったく疑り深いぜお前はよ」
「ふん、当然」
「ねー二人ともどうしたのさ?」
「チケット買いに行く。お前達はどうする?」
「あたし一緒に行きたーい!」
「私はパス」

私も来ると思っていたのか、花京院が意外そうにこちらを見た。

「いいのかい?買い食いくらいはしても良いって少し多く貰いましたが……」
「ポルナレフの治療もあるし、アヴドゥルさんとももう少し情報を共有したいし、あとはジョースターさんとスタンドで情報収集できないか試してみようかと思っていてね」
「なるほど……」
「まぁ、何かおいしい物があったらお土産にしてよ」
「あぁ、分かった」
「じゃあ豪、行ってくるぜ」
「行ってきまーす」
「気をつけてー」

三人を見送った後、ポルナレフの部屋に向かった。
もうほとんど治っているが、軽く波紋を流して仕上げをしておいてやった。

「よし、もうこれでほっといても明日には治ってるはず」
「メルシー烈子。いやもうぜんぜん痛くねぇし波紋ってホントにスゲーな」
「ふふん、これが修行の成果だ」
「まだガキなのに偉いな〜」
「そんなにガキじゃないッ!」

頭をワシワシ撫でられて髪型を崩されたが、ポルナレフが兄弟を見るような優しい目をしていたので文句は口だけにしておいてやる事にする。

「ハハ──おれの妹もそうやって子供扱いするなってよく怒ったなァ……」

昨日、妹の話をしてより強く思い出してしまったのだろう。ポルナレフはそう呟いた。

「……そっか」

ポルナレフは妹の仇を討つためにこの旅に参加しているらしい。その心につけ込まれDIOに肉の芽を埋められてしまったようだ。
仇討ちに燃える心を無理矢理悪に染め支配し使役する、DIOのその薄汚い戦い方に心底怒りが湧く。

「なぁ、その波紋ってやつで吸血鬼は死ぬんだろ?おれにも使えねぇーかなー」
「うーん……ポルナレフは中々体格良いしもしかしたら使えるかも知れないけど……私はまだ師範じゃないから教えるのは難しいかな。そろそろ師範代の試験受けられるところだったんだけどね」
「へぇ、武道みたいにちゃんとそういう試験あるんだな」
「まぁね。……お互い生きて帰れたら教えてあげる」
「ハハハ!その時はもう必要無ぇんじゃねぇの」
「吸血鬼倒す意外にも便利なんだよ波紋は!怪我治せるし若さ保てるし──」

なんて談笑しているとノック音がした。

「!誰だ──?」
「……私が出る」
「気をつけろよ、烈子」

ドアスコープの向こうには花京院がいた。
空条達と出かけたはずの彼が何故──敵が変身している確率が高い。警戒をしたままドアを開けた。

「あ、豪さん、よかった。やはりここにいたんだね」
「……何、花京院。昨日の続きでもするの?盛り上がったもんねぇ“アレ”」
「え、何だって?──ちっ、違うよ僕は偽物じゃあない!財布を忘れて取りに戻ったんだが、承太郎達は先に行ってしまっていたようで──待っててくれるって言ってたのに……下手に探し回って迷子になるのも嫌だから、君と合流してアヴドゥルさん達との会議に混ぜて貰おうかと──」

スタンドを出しながら適当なことを言った私に花京院は慌てて言い募る。ガラス玉に巻き付けたスタンドも反応しないし──どうやら花京院本人のようだ。

「うーん、この花京院は本物みたい……哀れなことに」
「ぎゃはは!なんだお前置いてかれたのかカワイソー!!」
「やめてくれ……」
「まぁアンちゃんが空条と二人きりになりたかったんでしょ。チケットは二人に任せて、私たちは大人しく留守番しようじゃないの」
「そうですね──笑うな!ポルナレフ!」

もう治療は終わったから、と三人でそのままジョースターさん達の部屋へ向かえば、部屋にいたジョースターさんとアヴドゥルさんが驚いたような顔で花京院を見た。

「か、花京院──!」
「承太郎たちと出かけたんじゃ……?」
「え、えぇ。その予定でしたが僕が財布を取りに戻ったら二人が先に行ってしまって……」

しょっぱい顔で二回目の説明をした花京院に、二人はなんだか警戒しているように顔を強ばらせている。

「──どう思いますかジョースターさん」
「いや……わしは彼を信じる」
「あのーお二人とも、彼は偽物ではないですよ。ちゃんとこの!私が!確認しました」

どうやら彼らも花京院を疑っているようなので、心配ない、と伝えたがそれでも二人の顔は険しいままだ。
花京院とポルナレフとどうしたもんかと目配せをしていたら、部屋の備え付けの電話が鳴った。すかさずジョースターさんが出る。

「もしもし?ん、フロントか?……外部からわしに電話?あぁ、繋いでくれ」

通話先が切り替わったのか、受話器から大きな声で喚く女の子の声がうっすら聞こえてきた。……アンちゃんかな?

「はぁ?花京院の顔が?……承太郎がヘドロに?あぁ、落ち着きなさいッ!なにを言っているのか分からんッ!今どこにいる!?……貿易センタービルのケーブルカーじゃな?分かった、そこで待っていろ!」

電話が切れると、すかさずアヴドゥルさんがジョースターさんに詰め寄った。

「ジョースターさん、いったい何が……?なにやら花京院があちらにも居て、承太郎が大変な目に遭っているように聞こえましたが──」
「うむ、どうやら花京院の偽物が承太郎たちとともに行動していたらしい。正体を現して襲いかかってきたようじゃ」
「はぁ!?」
「えぇ?花京院の偽物ォ!?」
「な、何ですって!?」
「──そういうことか!」

アヴドゥルさんが叫ぶ。
私たちは訳が分からず再び視線を合わせた。

「ジョースターさん、さっきの貴方の念聴はッ!」
「あぁ、『花京院に気をつけろ、DIOの手下だ』──“ここにいる花京院”ではなくッ!“花京院に化けた敵”の事じゃったッ!!」

「全員、すぐにケーブルカー乗り場まで急ぐぞッ!!」と走り出したジョースターさんとアヴドゥルさんに続いて、私たちもついて行く。何がなにやら分からないが、多分ジョースターさんがスタンドで敵を探ってみたら“花京院は敵だ”みたいなお告げでも出たのだろう。
で、それは彼本人のことではなく、財布を取りに戻った花京院と入れ替わりで空条たちと接触した敵のことだったと。

「置いてかれたんじゃなくて良かったじゃない花京院」
「ハハ、そうだね……でも二人が心配だ」

どちらにせよ予定を狂わされたのには変わりないし、襲われた二人が心配なのであろう花京院は怒ったような顔をしていた。


ビルにあるケーブルカー乗り場に着くと、私たちに気づいたアンちゃんがこちらに走り寄ってきた。

「みんなッ!ジョジョが!ジョジョが襲われて大変なのよォ!」
「大丈夫じゃ落ち着け、承太郎は今どこに?」
「ケーブルカーから飛び出して!とっ途中で海にヘドロごと落ちたわッ!」
「何!海に!?」
「くへぇ〜こっからまた海まで走っていくのかよォ……」
「じゃあ私たちもケーブルカーに乗って途中で飛び降りる?」
「出来るかァ!」
「私が波紋で着地して受け止めてあげるのに……」
「しねーからな!」

ポルナレフが嫌がったから──では無く、一般の人の目がある手前、飛び降りるわけにもいかず流石にタクシーを捕まえて海へと向かった。

タクシーは途中で降り、私とジョースターさんのスタンドを駆使して空条と敵を探す。
そうして走りながら現場に着いたらすでに決着は付いていたようで、濡れ鼠になった空条は海から上がっており、自分の上着を絞っていた。

「わーんジョジョぉーー!!」
「お、っと……なんだ、全員来たのか。もう終わったぜ」

しがみついてきたアンちゃんを受け止めながら、空条が海を指さした。
その先には水面に浮かぶ何かがある。

「何あれボロ雑巾?」
「敵だ。“黄の節制イエローテンパランス”っつってたな」
「黄の節制!物理攻撃無効な敵じゃない!よく勝てたね空条」
「まぁまぁ手強かったぜ……ジョースター家伝統の戦法を使ってなんとか勝てた」
「ちょっとそれ詳しく」
「後でな」
「承太郎、怪我はないか?」
「あぁ。手をちょいと食われちまったがな」

空条が手を広げると小指周辺の肉が食われたようにえぐれているのが全員に見えた。アンちゃんがより強く空条にしがみつく。

「なんと!こりゃヒドい」
「ジョジョ〜ぉ」
「ひっつくな、大したことねェよ」
「すまない、承太郎。ホテルに戻らずに君たちを捜せば良かった……」
「気にすんな」
「空条、ちょっと見せて」

私は空条の手にスタンドを巻き付け引きちぎった。

「おい、なんだこりゃあ」
「巻いといて、しばらくしたら外していいから。茨に波紋を流してあるから傷がすぐに治る。包帯代わりってとこかな」
「ほぉ。そうか、すまねぇな」
「?」
「おまじないよ。気にしないでアンちゃん」

治療もそこそこに私たちは途中、チケットを買いそのままホテルに戻った。

その日はもう敵が襲ってくることは無く、夕飯の席でアンちゃんと空条が偽花京院の奇行を話してくれて大いに盛り上がった。


──翌日、インドへ向かう列車へ私たちは乗り込んだ。
途中まで一緒にいたアンちゃんはいつの間にか居なくなっており、ほんの少ししか一緒にいなかったというのに何となく寂しくなった。その方が彼女にとっては安全だけど。
ポルナレフも同じことを思ったのか「ま、いないとちょいとさびしい気もするが……なぁジョジョぉ?」と空条に絡んでいた。
空条はよく分からない顔で苦く微笑んでいる──お前それどんな感情なの?

「いよいよインドへ向かうか……はー、シンガポールでも散々な目にあったぜ」
「あぁ、まったく──やれやれ。僕そのものに化けるなんて嫌なスタンドだったな」
「ホテルを出たときからすでに入れ替わっていたんだな」
「置いて行かれたと思ったよ僕は……」
「ぶふっ、花京院が引ったくりにバックブリーカーかけるわ変な顔でサクランボ舐り倒すわ挙げ句の果てにはカブトムシ食べるとか……アンちゃんはトラウマだろうけど正直見たかったわ私は」
「やめてくれ……」

花京院はこれ以上は話したくない、と意志表示するようにジュースを飲んだ。私も笑うのを止めて大人しく食事に手をつける。空条はすでに食べ終わったようで、外を見ている。
花京院が空条の皿に残されたサクランボを見て声をかけた。

「そのチェリー食べないのか?ガッつくようだが僕の好物なんだ……くれないか?」
「ああ、いいぜ」
「サンキュー」

花京院は軽く礼を言うと、サクランボを舌の上で弄び始めた。

「レロレロレロレロ……」
「……」

空条が唖然とした後、道端に落ちてる酔っぱらいの吐瀉物を見たような、“嫌なもん見ちまったぜ”と言わんばかりの表情で顔をしかめた。やめてやれ。
まぁお行儀悪いよな、と私も内心同意する。

「こら花京院、行儀が悪い!食べ物で遊ばないの」
「あっごめん、つい癖で」
「──やれやれ」

注意すれば花京院は素直にサクランボを普通に食べた。
「おっ、二人とも見ろ!フラミンゴが飛んだぞ!」とはしゃぐ花京院をじろじろ見た後、空条は長いため息を吐いて疲れたように頬杖をついた。

──あっ、もしかして黄の節制イエローテンパランスも今のやってたの!?

後で花京院の居ないところでこっそり聞いてみたらやはりそうらしい。爆笑してしまった。
「あれマジで花京院の真似だったんだな……」と空条も驚いていた。
そんな癖どこで知ったか分からないが、意外に細かいところまでこだわっていた敵に少し感心した。
もしかすればDIOにも勝てた能力かも知れないのに……もったいない。