皇帝と吊られた男

インドへもう間もなく到着、という時にジョースターさんが不安そうにアヴドゥルさんに聞いた。

「アヴドゥル、いよいよインドを横断するわけじゃがその……ちょいと心配なんじゃ。実はインドという国は初めてでな──」
「おれカルチャーギャップで体調をくずさねェか心配だな」
「一番嫌なのは日差しと暑さかな……」
「水道水は飲めないようだし、ちゃんと持ち歩ける飲料を確保しておかないとですね」
「スられねぇように財布隠した方がいいか?」
「フフフ、心配ないですみんな──素朴な国民の良い国です、わたしが保証しますよ……さあ、カルカッタです出発しましょう」

港から出て市街地に着くと──それはもうスゴかった。
行き交う人の群れバイクの群れ車の群れ、観光客を見ては寄ってたかってなんかよこせあれ買えこれ売れ店寄れホテル紹介させろと口々にまくし立てる人、人、人……あと放し飼い?にされてる牛。

「ひ、ひえー!何これ全然進めない!」
「うえぇ〜!牛のウンコを踏んづけちまったチクショー」
「ぼくはもうサイフをすられてしまった……」
「た、たまらん雑踏だ……おぉ、タクシー!あれに乗ろう」

ちょうどタクシーが止まっていたのでこれ幸いとジョースターさんが近づけば、ドアを開けてチップを貰おうとする人達が押し合いへし合いを始め逆に近づけなくなってしまった。
まぁ結局その押し合いも虚しく牛が道路で昼寝していたためタクシーは使えなかったが。
しょうがなく歩いて移動する私たちへ「バクシーシ!」攻撃が止むことはなかった。

「この中にもしもスタンド使いがいたらなす術なく全滅するな……」
「言えてる……」
「おいおい、不吉なことは言うもんじゃあねーぜ」
「ぎえー!また踏んづけちまった!」
「あ、アヴドゥルこれがインドか?」
「ね、良い国でしょう。“これだから”いいんですよ“これが”!」

すっかりヘロヘロな私たちに比べ、涼しい顔をしているアヴドゥルさんと空条は大物だと思う。

どうにかこうにか静かなレストランに入れたので私たちはようやく一息つけた。
私たち(空条とアヴドゥルさん以外)が椅子にもたれて脱力しているとアヴドゥルさんが笑いながらチャイを勧めてくれた。

「ハーッ……やっと落ち着いたわい」
「要は慣れですよ。慣れればこの国の懐の深さが分かります」
「そうかのう……」
「なかなか気に入った。いい所だぜ」
「マジか承太郎!マジに言ってんの?お前」
「フ〜インドか……驚くべきカルチャーショック……ちょっと手洗い行ってくるぜ」
「注文はどうするんじゃポルナレフ」
「フランス人のおれの口に合うようなとびっきりゴージャスなやつにしてくれ」

ウインクしてトイレへと向かったポルナレフに、ジョースターさんは口をパカリと開けて呆れていた。

「全くあいつは……」
「まぁ、彼の口に合うってことは何でも良いってことでしょう」
「ハハッそーね。あ、羊の脳味噌とか頼んじゃう?」
「あんのか?食ってみるか」
「空条はちょっとくらい躊躇って」
「冗談だ」
「分かりづらっ」
「まぁまぁ、私が適当に頼んでやろう。すまない、注文を──」

注文されたのは無難にカレーとチャパティとサラダだった。
注文を終えてもポルナレフはまだ戻ってこないしなんだか彼が騒いでる声がする。

「なんかトイレの方騒がしくない?」
「あぁ、なんかあったのかもな」
「どうせ汚いだ何だ文句でも付けているんだろう。あまりうるさいようなら私が叱ってくる」
「あやつ意外に神経質じゃのう」

食事が運ばれて来た辺りでようやく顔をちらりと覗かせてきたポルナレフに先食べてるよ、の合図で手を振れば彼はすぐまた引っ込んだ。おそらく手を洗っているのだろう。
カレーをつけたチャパティにかぶりついていると、ガラスが割れたようなけたたましい音が店中に響いた。

「んぐっ」
「なんじゃ!?」
「おい、ポルナレフ!」

血相を変えたポルナレフが私たちを素通りして店の外へと出ていった。
ただ事ではないと私たちもポルナレフの後を追って店を出る。……ジョースターさんがテーブルに札束を無造作に置いていたので食い逃げではない。

「どうしたポルナレフ!」
「何事だ!?」
「今のが……今のがスタンドだとしたなら──」

ポルナレフはこちらを振り向きもせずただ通りを睨みつけている。

「ついに!“奴”が来たぜッ!おれの妹を殺したドブ野郎〜……ついに会えるぜ!」

しばらく通行人を睨みつけていたポルナレフだったが、荷物を担ぎなおしてようやくこちらに振り返った。

「ポルナレフ!店で何があった!?」
「攻撃を受けたのか?」
「J・ガイルが来たの!?」
「あぁ、そうだ。奴がいる!この近くに!だから──おれはここであんた達とは別行動を取らせて貰うぜ」
「なんじゃと!」
「正気ですか……!危険すぎる」

ポルナレフの言葉にジョースターさんと花京院が驚く。私は何となくこうなるだろうな、と予想していたしアヴドゥルさんと空条も同じなのか何も言わない。

「妹の仇がこの近くにいると分かった以上、もうあの野郎が襲ってくるのを待ちはしねえぜ。こっちから探し出してブッ殺すッ!」
「相手の顔もスタンドの正体もよく分からないのにか?わしと烈子のスタンドでもDIOが隠す奴らの情報は見れなかったんじゃぞ」
「両腕とも右手と分かっていれば十分!」
「二人組で行動してるって言ったでしょう。ポルナレフのスタンドの性質は向こうにバレてる、敵は二人で弱点を突いてくる。それに一人で対応できるの?」
「ホル・ホースってのは銃、J・ガイルは光。光はよく分からねーが銃くらいならいても対処は出来る……これはおれ一人の問題だ!口を出すな!」
「だけど、」
「────こいつはミイラ取りがミイラになるな」

今まで静観していたアヴドゥルさんが呟いた。
ポルナレフがアヴドゥルさんを睨みつける。

「なんだと?……おめーおれが負けるとでも」
「ああ!別行動は許さんぞ!敵はお前を一人にするためにわざと攻撃をしてきたのが分からんのか!すべての元凶はDIOであり、J・ガイルが奴の仲間であるなら!我々にも同じく戦う理由がある!」
「──いいか、ここではっきりさせておく。おれは元々DIOなんてどうでもいいのさ。復讐のために行動を共にすると断ったはずだぜ。おれは最初から一人さ……一人で戦っていたのさ」
「勝手な男だ!」

言い合いはさらに加速し、一人になるなと諭すアヴドゥルさんに妹を殺された自分の気持ちは分からない、と言い返すポルナレフ。どちらの言い分も平行線を辿るばかりで口を挟む余地も無いほど激しさを増す。
どうする?と花京院と空条に視線で訴えたが、二人とも首を振るばかりだ。

「DIOに洗脳されたのを忘れたのかッ!」
「以前DIOに出会ったとき恐ろしくて逃げ出したそうだなッ!そんな腰抜けにおれの気持ちはわからねーだろうよ!」
「なんだと?」
「香港で運良くおれに勝ったってだけで説教は止めな。あんたはいつものように大人ぶってどんと構えとれやアヴドゥル」
「こいつ……!」

アヴドゥルさんが振り上げた拳をジョースターさんが止めた。

「もういい、行かせてやろう。こうなっては誰も彼を止めることはできん」
「いえ……彼に対して幻滅しただけです。こんな男だとは思わなかった」
「ケッ」

離れていくポルナレフを誰も止めることは出来なかった。



「──結局、戻ってこなかったな」
「……」

翌朝、ホテルのレストランにて朝食を食べているとジョースターさんが呟いた。
アヴドゥルさんはあれからほとんど何も話さないし私たちもなんて言ったらいいか分からなかった。

「きっともうどこにも戻る気は無いんでしょうね……刺し違える覚悟なんでしょう。どうします、追いますか?」
「何もかも覚悟の上なんだろう奴は。ほうっておけ」

私がスタンドを出す前にアヴドゥルさんに止められた。
ポルナレフが心配な反面、彼の覚悟を邪魔したくないという気持ちもあり、私たちは何をすべきか考えあぐねている。……きっとアヴドゥルさんが一番悩んでいる。

部屋に戻ってガラス玉をいじっていると、扉をノックされた。扉を開けるとそこには花京院と空条がいた。

「……何?」
「偽者じゃねぇぞ」
「それはよかった。で、どうしたの?」
「豪さん、君のスタンドの力を借りたい」
「……ポルナレフね」

それ以外無いだろうと聞いてみれば案の定二人は頷いた。

「ポルナレフと敵が今どこにいるか知りたいんです……豪さん、君は今回の事どう考えている?」
「個人的にはホル・ホースだけでもどうにかして、ポルナレフが戦いやすいように場を整えてやりたいかな。皆はどうか分からないけど」
「ジジイ達は静観を決め込むつもりだろうな。おれも正直好きにさせてやれって思うが……」
「承太郎、日本には助太刀という制度があるじゃないか。豪さんの言うとおり、ホル・ホースという奴だけをこちらで押さえ込めばポルナレフだって怒りはしないさ」
「じゃ、決まり。三人でこっそり行こう」
「やれやれ」

私は三人で見やすいようにとテレビにスタンドを巻き付けた。数回スパークした後テレビに映像が映し出される。
画面には雨の中J・ガイルの聞き込みをしているらしいポルナレフが映っていた。

「ここは……どこだろ」
「どこかの商店街のようですね」
「土地勘が無いからよく分からねーな」

しばらく観察していたがなんたってここは初めての土地。目印らしい目印も無いのでただポルナレフを覗き見する会になってしまっている。
すると、いきなり茨がバチバチと音を立て始めた。

「あれ、どうしました豪さん」
「DIOからの妨害か?」
「いや、逆……反応してる!敵がポルナレフに近づいてるみたい!」
「なんだって!?」

ポルナレフが映っていた画面が切り替わり、二人の男が映し出された。二人は傘も差さずに町を歩いているが、片方の男は濡れていない。ドーム状に雨が避けている。
そしてもう片方の男に私は見覚えがあった。

「体の周りを雨が避けている……」
「ポルナレフの言っていた男か!」
「そっちの男は知らないけど、隣のカウボーイみたいな髪の長い男──こいつだ!ホル・ホース!」
「じゃあやはりこいつがJ・ガイルか!」
「──おい、お前らドアを見ろ」

空条の言葉に振り向くと、扉が薄く開いていた。しかしその先には誰も見えない。

「おれは閉めたぜ」
「誰かが盗み聞きでもしてたってこと……?」
「嫌な予感がする……」

花京院の予感は当たっていたようでその直後、ジョースターさんが「アヴドゥルがいなくなった!」と部屋に飛び込んできた。
彼なら私たちが分からなかった画面の中の景色でも、看板の文字や通りの作りでそこがどこか大体分かるだろう。

──やはりポルナレフのことで一番悩み、そして心配していたのはアヴドゥルさんだったのだ。