黒檀色の悪魔

「では私はこれで、旅の御武運を」

無事に船が港につき、さてこれからどうするかとジョースターさんが悩んでいる時に私が放った台詞だ。

少女以外の全員が『えっ』と言った。
どうやら全員私が仲間に加わったと思っていたようだ。

「えぇっ!?このままDIO討伐に協力してくれるんじゃないんですか?」
「男所帯の旅に同行するのはちょっと」

少女はここシンガポールで父親と落ち合うようだし、紅一点で旅をする不便さは何となく分かる。私が、と言うよりは向こうが気を使うかもしれないし……とにかく気が進まない。

「うーむしかし、君の情報とスタンドの話をもう少し詳しく聞きたいのだが……」
「まーまーいいじゃねーか。女の子が戦いたくねぇっつってんだ。帰る家があるなら帰らせてやろうぜ」
「いいえこのまま退く気は無い。絶対もう一度DIOに挑む絶対に」
「じゃあ一緒に来いって……」
「一人の方が楽そう」

私の態度にポルナレフが呆れてため息を付く。
空条も小馬鹿にするように鼻で笑った。

「波紋の戦士とやらがずいぶん腑抜けたこと言うじゃねぇか」
「アナタたちが乗った乗り物は大抵大破してるしDIOに行動筒抜けでしょう。このまま別れたと思わせておいてバビュンと飛行機で私だけカイロ入りして皆が危ないところを助けて再会、『お、お前はシンガポールで別れたッ!烈子じゃないかァーー!』っていうのがセオリーでしょ察して」
「何のセオリーだよ」

「やれやれだぜ」と空条はため息をついて煙草に火を付けた。あれ……こいつ未成年では……?

「君の裏切りはすでにDIOも知っているはず。一人で行動するのは危険だ」
「口封じ要員のスタンド能力はある程度知っています」
「しかし……」
「大丈夫じゃアヴドゥル。烈子、君は次に、『是非旅に同行させてください』と言うッ!」
「出ましたねアナタの十八番!生で聞けるとは感激ですが私はそう簡単には──」

「母(リサリサ)に君のことを連絡しようかの」
「是非旅に同行させてください」

私は地面に付くかと言うほど頭を下げた。

「だははは!いきなりしおらしくなりすぎだろ!ジョースターさんの母ちゃんはそんなにコエーのかよ!」
「当ったり前だろうが!ボコボコにされて連れ帰られるわーーッ!!」

想像出来る目に浮かぶようだ!!「貴女は一人前ではありません。まだ早い!」と言われながらボコボコにされてそのままドイツまで宅配便で送られかねない。
「その人も呼んで戦ってもらったらいいんじゃねーの?」とかポルナレフは言ったがとんでもない!先生はスタンド使いじゃないしようやく穏やかな余生を送ってらっしゃるんだから!
ポルナレフにふがふが文句を言っていたら、また花京院に「まぁまぁ」と宥められた。

「じゃあ豪さん……取りあえずよろしく、かな?」
「初めから素直に着いてくりゃいいだろーが。さっさと行くぜ」
「よろしく空条意外の皆さん」
「……いい性格してやがる」


そんなこんなで。
ホテルを探そうとしたところでポルナレフの荷物が警官にゴミと間違われたり、笑われた腹いせなのかポルナレフが失礼な言葉で少女(アンちゃんというらしい)に同行を誘ったりなんやかんやあったけどうにか今夜の宿を手配できた。
しかし予約も無しの当日宿泊なので部屋はバラバラ、さらに一人部屋は一つだけしか取れないらしい。

「ふーむ、ではまずわしとアブドゥルで一部屋、」
「僕と承太郎で一部屋。学生は学生同士で」
「じゃあ私達は女子組で一部屋。いいかな?」
「いいよ。ヨロシク」
「ふむ、では──」
「おれは一人部屋だな。のんびり出来てラッキーだぜ」

四つのルームキーをそれぞれ手に取る。
エレベーター内でポルナレフが一人部屋の912号室の鍵を振り回しながらウキウキしている。

「香港を出てからろくな目に合わなかったな……よーやく安全な部屋でシャワーを浴びれるぜ」
「くつろぐのもいいけど、敵に寝首かかれないようにね」
「烈子〜水差すの止めろよぉ」
「さすがに奴らも今この場で決めたホテルに潜んでる事もあるまい。明るいうちはしっかり休むことも大事じゃ」
「そういうこと。ほんじゃ後でなー」

九階でポルナレフが降り、次の十階で私とアンちゃんが降りた。

「じゃ、おっ先ー」
「では後で」
「あぁ」
「六時に夕飯じゃぞ」
「気を付けて豪さん」
「ありがとう、彼女は任せて」

部屋について荷物を下ろす。アンちゃんは窓の外を見て感嘆の声を上げている。

「ねー!烈子さんも見なよ!景色いいよー!」
「どれどれ……いいね、サイコー!」
「昨日は散々だったけど今日は良いホテルに泊まれてよかったー!ジョジョのおじいちゃんに感謝だわ!」
「ホントに。久しぶりにこんなホテル泊まったわ」

さらにベッドはどっち側にするか二人できゃいきゃい決めていたら、ドアが叩かれた。

「?誰だろう」
「……ちょっとここにいて」

警戒しながらドアスコープを覗くと空条と花京院の姿が見えた。しかし変身能力を持つ敵もいる。
警戒を緩めないようにドアを開けた。

「……どうしたの」
「休んでいるところすまない」
「豪。今からジジイ達の部屋に行くぞ」
「……分かった」

見たところ二人に怪しいところは無いので素直に返事をし、アンちゃんに留守番を頼もうと声をかけようとしたら、

「あっジョジョ!」
「こらこらアンちゃん……」

空条の姿を見たアンちゃんがこちらへと来てしまった。……花京院もいるよ。

「いいかいアンちゃん、しばらくの間一人にしてしまうけど、豪さんが戻ってくるまでけしてドアを開けてはいけないよ」
「なるべく外に出るなよ」
「えぇ?わ、分かった……」
「変な奴らをぶっ飛ばしたらすぐに戻ってくるから。いい子で待っててね」
「もう、子供扱いしないでよ」
「ごめんごめん」

扉のロックをきちんと確認した後、私たちはジョースターさん達のいる十二階を目指した。
空条が廊下を振り返り、「あいつ一人にして大丈夫か?」と言う。
成り行きで行動を共にしていると聞いたが何だかんだでスタンドを持たない彼女が心配なのだろう。意外に優しいとこもあるじゃないか、と少し見直した。

「いや、むしろ僕たちと来る方が危険だと思う」
「……それもそうか」
「大丈夫、私のスタンドをドアノブに巻き付けてある。異常があればすぐに分かるよ」

二人は私の体から伸びる茨の先が地面に潜っているのを見て納得した。

「なるほど。床の下に隠しながら伸ばしているんだね」
「どんだけ伸ばせんだ?」
「このホテル半分くらいなら覆えるかな。体から切ったら動かせなくなるけど、繋いどけば敵があの部屋に入ってもすぐ仕留められるから安心して」
「そ、それは頼もしい……」

エレベーターを待つ間、何があったか話を聞くと、どうやらポルナレフが敵に遭遇してしまったらしい。
アブドゥルさんに連絡があったそうだ。『呪いのデーボと名乗るスタンド使いに襲われた』と。

「まんまと私の言った通りになったか」
「寝首はかかれちゃいねーだろ。そう言ってやるな」
「呪いのデーボという奴、確か君の情報の中にいたね」
悪魔デビルのカードの暗示を持つスタンドね。裏社会じゃ割と有名な殺し屋みたい。現場に人形が落ちていることがあるって聞いたから多分、人形を使うのかもしれないけど……あとはわざと自分を傷つけさせるんだって」
「なんだそりゃ。随分と面倒なスタンドを使うんだな」
「自分が受けた痛みを人形に晴らさせる……とかか?万が一手加減されずに殺されてしまったらどうするんだ」
「よく殺し屋出来てたなそいつ」
「そ、そう言ってやるな」

デーボの言われように少し同情してしまった。
DIOにスカウトされたくらいだから強いとは思うけど……うん、使うのに面倒なスタンドだとは思う。

「……エレベーター遅くない?」
「一階ごとに乗り降りする客が居るようだ。今は繁忙期らしいからしょうがないさ」
「こうしている間にもデーボが……」
「おい豪、お前のスタンドで敵が今どこにいるか探れねぇのか?」
「あぁ、そういえば。ジョースターさんと同じに遠隔視が出来るんでしたっけ」
「出来るよ、ちょっと待ってね」

私はポケットからガラス玉を取り出してスタンドを巻き付けた。

「確かに場所が分かってれば皆と合流してからすぐに向かえ──まずいッ!」
「どうした!?こッこれは!」
「おい、見せろ……チッ、ジジイ達は後だ!ポルナレフの部屋に急ぐぞ」

ガラス玉に映されたものを見た私たちは非常階段へと急ぎ、すぐ下の九階まで駆け下りた。

敵は今──ポルナレフを襲っている。


912号室まで走ると、扉の前に従業員がいた。

「──ポルナレフ様?ルームサービスです」
「待ったッッ!」

扉を開けそうになっていたので咄嗟に自分のスタンドで従業員の腕を引っ張ってしまった。

「ひぇっ!?あ、あれ?今ロープのような感触が……」
「もしかしてポルナレフにルームサービスかしらありがとう私たちが届けておくよはいこれチップさようならッ!」
「え?え?」
「おい、さっさと帰んな!」
「すみません、怪しい者では無いので……」
「は、はぁ……」

従業員は訝しげにしながらも、関わり合いになりたくないのかそそくさと帰って行った。(絶対に空条が怖かったんだと思う)

「ポルナレフ!無事ですか!?」
「ポルナレーフ!助けに来たぞーッ!!」
『さっきから聞こえてるっての!中に入んなよ!こいつ、ぐあぁーーッ!』
「ポルナレフッ!豪さん、中の様子は!?」
「ポルナレフはまだベッド下!人形が飲み物の瓶を床のあちこちで割ってる!何を仕掛けられたかは分からない!」
『うけーっけけけけけ!コイツを始末したら次はてめーらだッ!けけーッ!』
「罠があってもいい!行くぞ!」

空条のスタンドがドアをぶち破る。三人で部屋に押し入ると人形の姿は見えず、濡れた床からびちゃりと嫌な音がするだけだ。

「ポルナレフ、大丈夫か?」
「お、お前ら、今すぐ部屋から出ろッ……!」
「デーボはどこに、」
「上だっ!!」

ガラス玉に映った姿に私が叫ぶが、二人が顔を上げた時には人形はすでに手に持っていた漏電しているドライヤーを落としたところだった。

「バカめ!おれはわざとビンの中身をぶちまけていたのさあーーっ!!」

──床が濡れていたのは感電させるためだったのか……!
そう気づいて空条、花京院と共にスタンドを出そうとしたが、一歩早くポルナレフの銀の戦車のレイピアがドライヤーを刺し貫いた。

「“わざと”ぶちまけていたのは……てめーだけじゃあねえんだよ!」

銀の戦車はそのままドライヤーをコンセントから引き抜き、投げ捨てた。

「な、なぜドライヤーの位置が……正確にわかったのだッ!?」
「おれは!鏡を割っていた!ベッドの上がよぉ〜〜く見えるようになぁ〜」
「ふぅ……助かったよポルナレフ」
「ごめん、助けに来たのになんか邪魔したみたいね……」
「やるじゃねぇか」
「おっと、メルシー承太郎」

空条がスタンドでポルナレフを押し潰しているベッドをどかした。

「ようやくご対面……」
「くそッ!四対一じゃあ分が悪いな……ここは逃げるぜっ!」
法皇の緑ハイエロファントグリーン!」
隠者の黒ハーミットブラック!」
「ぐあーッ!!」

人形が逃げようとしたのでスタンドを伸ばして縛り上げる。同じ事を考えたらしい花京院も同時だったので、顔を見合わせ笑ってしまった。

「ぎ、ぎぎぎぃ〜……」
「花京院、烈子すまん、しばらくそのまま縛っといてくれ──おいデーボ、聞くことがある……」

ポルナレフは『両手とも右腕の男』のスタンドの正体を教えろとデーボに迫った。
だがデーボは教えるどころか強気にもポルナレフに言い返した。

「……バカか?!スタンドの正体を人に見せる殺し屋はいねぇぜ、見せたときは相手か自分が死ぬときだからよ!鏡がねぇ所だったらおれもてめーをぶっ殺していたぜーーッ!!」
「……おい二人とも、ほどいていいぜ」

言われるがまま、私と花京院はスタンドをほどいた。
床に落とされた人形は逃げようか攻撃しようか決めかねているようだ。
それをポルナレフが挑発する。

「いいか、三人とも。手出しするなよ──よし、もう一度かかってこい!どうした?てめーおれの○○○○をかみ切るとか言ってたよなぁ?このド低俗野郎が〜……おれはてめーの」
「ガルルルーーッ!!」

最早ヤケクソな捨て身の攻撃に出たデーボに、ポルナレフは冷静にスタンドを放つ。

「“そこ”以外を切り刻む!」

人形は無惨な姿で床に倒れ、そのまま動かなくなった。


それからようやく1212号室に着いた私たちに、ジョースターさんが呆れたように苦い顔をした。

「おぉ、お前らようやく来たか。さて、呪いのデーボに襲われたときの対策を練るとするか」
「……つ、つかれた」

ポルナレフは気が抜けたのかへたり込んだ。

「どうしたんじゃポルナレフ!」
「お前達何があったんだ!まさかデーボにやられたのか!?」
「えぇ、まぁ……」
「色々ありました」
「やれやれだぜ」

うん、まさにやれやれだぜって感じ。




SPW財団の人たちに色々と“後始末”を頼んだ後、ジョースターさん達の部屋でようやく会議が行われた。

「DIOのやつ……我々が鍵を受け取ったときに念写したな」
「元々、港に着いたときから尾行されてたってわけか」
「やれやれ、どこに行っても安心できないと改めて痛感したよ」
「うむ。今夜は寝るとき交代で見張りをした方がいいかもしれないな」

「よし、そのままじっとして──コォォ……」
「うぉ!なんかあったけぇ!こ、これ本当にダイジョブかぁ〜?」
「大丈夫じゃ、波紋とは太陽のエネルギー!生命のほとばしり!適切に体に流せばそのエネルギーで傷の治りも早くなる!」
「じゃあジョースターさんがやってくれよ〜、イテ!」
「貴様ァ!私が信用出来んのかァーッ!」
「イデェよ烈子!優しく!優しく!」

財団の医師に治療もして貰ったポルナレフだが、足の傷は中々にひどかったのでその部分に波紋を当てて治療をしている──というのに疑うとはなんて男だ!

「しかしポルナレフ、敵はいったいどこに潜んでいたんだ」
「あぁ、冷蔵庫に隠れていやがってな」
「わざわざ引きずり出さずにそのまま冷蔵庫ごと刺し貫くか冷蔵庫ごと窓から捨てればよかったのに」
「そ、それはちょっと乱暴じゃあ」
「ひでーこと言いやがる」
「じゃあ凍えるまで閉じこめておくとか」
「……敵は烈子の部屋に潜まなくて正解だったな」
「あのな、おれには騎士道ってやつが」
「相手はそんなもん持ってないから。そんな正々堂々とした奴はDIOの手下にはならないから。こっちだって勝てばよかろうなのだァーってね」
「やれやれ、どっちが敵か分かったもんじゃねぇな」
「ははは……」
「何とでも言え。というわけで結論、呪いのデーボはダイナマイトを体に括り付けてポルナレフの部屋に突撃するのが一番成功確率高かったねきっと」
「自爆覚悟か……確かにそいつは手強いな」
「スタンド無しの方が強いとは皮肉な敵じゃのぉ」
「マシンガンでもいけたんじゃないですか」
「なにィ〜ッマシンガンくらいなら弾き返せるぜおれのチャリオッツは!」


──色々脱線したが、取りあえずお互いの詳しい能力、これからどうするかなどを話し合って会議は終わった。
今夜はそれぞれの部屋にて交代で睡眠をとる事になり、ポルナレフはジョースターさん達の部屋で過ごすこととなった。
私はアンちゃんがいるし、スタンドを出しっぱなしにして寝れるのでどこかに混ざらなくて済んだ。

食事も済み、シャワーも浴びた。さて寝るかとアンちゃんに声をかけたら、ベッドに座っていた彼女がもじもじと口を開いた。

「ねぇ……烈子さんはジョジョとどういう関係なの?」
「おっ恋バナ。いいね〜お泊まりっぽい……まぁ知り合いの孫、かな。どっちかって言うとジョースターさんの方が親しい〜……かな?だから心配することなんか無いからね」
「べべ、べ別にそんなんじゃ」
「バレバレだって」

私が笑うと、アンちゃんは拗ねて「もう寝る!」と言ってベッドに潜り込んでしまった。
ベッド上の膨らみに「おやすみ」と声をかけ、私も目を瞑った。