「有難う」
「おん。ほなな」
「え、何か用あったんとちゃうん?」
「別に。顔見に来ただけや」
ほな移動教室やさかいって頭をぽんぽん撫でられ、なかば放心状態で手を振る。どうやら本当に通りかかっただけらしい。「めっちゃラブラブやん」って友達の冷やかしに生返事をしながら席に戻る。正直、まともに取り合えるだけの余裕がなかった。嬉しいとか照れとかそんな実感より、驚きの方が大きかった。
関係がステップアップしたとは言え、そもそもがのんびりマイペースな私と治。二人でご飯を食べたこともあれば、家にお邪魔したこともある。元々ずいぶん距離が近いのだから、変化らしい変化はきっとない。そう思っていたのに、何だこの溢れ出るカップル感は。顔を見にきただけとか、声が聞きたかったとか。噂に寄れば、別段珍しくもない告白の呼び出しでさえ"彼女一筋やねん"と断っているらしい。おまけに、撒いているのか牽制しているのか。数回顔を合わせる内の何回かはセットだった侑も、最近じゃ見かけない。
――ライバルおらんやん
―――ツムがおるやんけ
――え、侑も私のこと好きなん?
―――知らんけど、そうかもしいひんやん
告白を受けたあの日の記憶が、脳裏を巡る。完全に冗談だと流していたけれど、もしかして。でも、そんなことがあるんだろうか。どうも自意識過剰に思えてならない。侑はもっと派手目な子が好きそうだし、周りにはべらせている女の子達の顔面偏差値だって高い。治は大体我関せずでスマホを見ているけれど、侑は楽しそうに話していることが多かった。自分で言ってなんだが、こんな面白みのない平々凡々な女に興味はないだろう。いや、侑の心の内なんてそれこそ分からないけど。
考えている間に、授業は終わった。普段あんなに長く感じるホームルームも一瞬だった。教材を片付けて、カバンを肩にかける。スマホには新着通知が一件。
"今からちょっとだけ話さん?"
噂をすれば何とやら。差出人は侑だった。
これは会って話したいって意味なのか。きっと大丈夫だろうけれど、なんとなく不安がっていた治のことを思うと応じづらい。どうしようかな。悩みつつ、言葉を探す。
"部活やないん?"
"点検伸びとって開始遅いねん"
"そうなん。電話でもええ?"
了承のスタンプが届いてすぐ。切り替わった着信画面をタップした。久しぶりやなーって声に、確かに久しぶりだと頷きながら返事をする。教室からわざわざ移動したのか、侑の周りは静かだった。