そこから瞬く命を問うために



行くべきか、引き返すべきか。もう建物はすぐそこで、彼が本当に待っているとしたらそろそろ姿が見えてもおかしくない距離。ここまで来て足が止まってしまったのは、傷つくことを恐れているからか。こんなにも迷ってしまうのは、もう傷つきたくないからか。声を掛けてくれて、構ってもらえて、呼び出されて。嬉しくてたまらないはずなのに何でだろうね。心は抉れたまま。松川に会う度、きっと私はボロボロになっていく。

行くべきか、引き返すべきか。揺れる想いがそれでも繰り返すのは、優しい低音の"待ってる"。





「来てくれたんだ」


階段に座っていた松川は、ひらひら手を振って腰を上げた。視界から彼の顔が見切れる。追うことはしない。その柔らかな笑みを見てしまったらもう、喉が詰まって言葉が出なくなって、全部どうでも良くなってしまいそうで怖かった。

簡潔にいうなれば、ちゃんと話がしたい。それ以外は要らない。いつまでもこんな不安定な状態でずるずる引きずっていては、既にズタズタの心がいよいよ死んでしまう。卒業するよりも、たぶん、もっとずっと早く死んでしまう。私が私を守るために、松川とちゃんと話をしなければいけなかった。


「何か用事?」
「いや? 別に」
「じゃあ何で呼び出したの?」
「なんとなく」
「……そう」


嘘もからかいも感じられない声色。途端に湧き立った真っ直ぐな嬉しさとひねくれた悲しさが、涙腺のすぐ傍でせめぎ合う。変わらない艶やかさを孕んで紡がれたのは昨日と同じ、まるで私の反応を試すような台詞。


「ダメだった?」
「……ううん。そんなことないよ」


だから私も昨日と同じ返事をした。苦し紛れに吸い込んだ空気が、冬らしい冷ややかさで肺を刺した。



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