羽の色はまだ知られちゃいけない



汗でベタベタする手を洗い、ついでにウォータークーラーで水分を補給した帰り。視界の隅に人工的な色がちらりと映った。

幾度となく目で追った音駒ジャージの赤色。もちろん見逃すはずもなく、進み過ぎた足を止めて、とっとっとっと三歩戻る。ビブスが干してあるすぐ側。カゴに手をついて腰を屈めている彼女は、結局今朝も挨拶ひとつ出来なかった"みょうじさん"。

けれど、舞い上がる余裕はなかった。真っ青な炎天下。俯いたまま動かない様子に、ただせり上がるのは心配の二文字。


「だ、大丈夫?」


慌てて近寄り、声を掛ける。些か吃ってしまったのは緊張しているからか。大きく脈打つ心音が鼓膜を塞ぐ。喉が渇いて、上手く言葉が出ない。なんとなくいつもと違う感覚に戸惑ったのも束の間。焦茶色の髪がふわりと揺れる。

振り向いた瞳に、目を奪われる。


「え?」
「あ、え、えーと」
「……」
「しんどいとか、ない……?」
「……」
「その、今日あちーし、ずっと俯いてるし。大丈夫かなーって……」


返事がないのは、急な驚きと興奮についみょうじが固まってしまっているだけだけれど、そんなことは露知らず。焦り始めた木兎の視線が、ふよふよ泳ぎだす。いつも大きな声もだんだんしぼんでいった。


自分の胸くらいしかない背。片手で収まりそうなほどの小さな顔。太陽の光を浴びて、一層透き通って映える肌。ぱっちり二重の黒っぽい瞳。長い睫毛。初めて近くで聞いた声。

やべえ。可愛い。ちっさい。細い。違う。そうじゃねえ。しんどそうじゃなくて良かった。そう。それ。元気そうで良かった。


バクバクうるさい心臓を必死で抑える木兎同様、みょうじもまた、早る鼓動を宥めている最中。

背が高い。ガタイが良い。肩幅も広くて、がっしりしている。存外落ち着いた声。真っ直ぐな眼。ねえ。これって何て奇跡。ああ違う。そんなことより先に、早く答えないと。そろそろ何か言わないと。



「あの、有難う。大丈夫。しんどいとかじゃないの、全然」
「! そっか! 良かった!」
「うん、有難う。……えっと」
「ん?」
「お名前……」


パッと輝いた木兎の笑顔に背中を押され、今度はみょうじがありったけの勇気を振り絞る。


「お名前、聞いてもいい?」



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