天使の証明



ガンッと鈍い音。驚いて振り向けば、ネットが揺れていた。勢いを殺しきれなかったのだろうボールが壁に当たり、数度跳ねる。コート内には梟谷。

ああ、しょぼくれモード到来か。意外と遅かったな。今合宿初。また支えるか。しゃーねえなーもう。そんな心内が伝染する中、渾身の大ホームランを打った木兎は深く息を吐き、それから周囲の予想を大きく裏切った。


「わりぃ。ちょっと頭冷やしてくる」
「……は?」
「え、木兎?」


てっきりトスをあげるな何だ騒ぐだろうと踏んでいたチーム内を途端に混乱が襲う。なんとか放った呼び声は、けれど数歩及ばず。木兎の珍しく静かな背中は、そのまま扉の向こうへ消えていった。


どよめく館内同様、みょうじもまた、胸のざわめきに窮していた。いつも太陽のようである彼からは想像もつかない姿。おまけに毎年恒例である面々と違い、今回が初参加である彼女は『しょぼくれモード』すら見たことがない。

後を追うか、追うまいか。他校の、ましてやマネージャーでもない自分が行っていいものか。一人にしておくべきか。でももし自分だったら、なんとなく調子が悪い時こそ傍にいて欲しいものだ。何より自分が、彼の傍にいたいと思う。

どうしよう。この場合、自分本位に動いていいのか。追いたいけど、音駒や梟谷に迷惑がかかる可能性が少しでも存在するなら、今我儘を叶えるべきではない。でも――。

手中のタオルをぎゅっと握った、次の瞬間。


「行ってあげてください」


扉の反対側。振り向いた先で、涼し気な瞳とかち合った。明確に名前を呼ばれたわけじゃない。それでも何故か真っ直ぐ届いた声の持ち主をみょうじは良く知っていた。直接話す機会は殆どない。ただいつも、木兎が楽しそうに話してくれるのだ。我が子を自慢するような口振りで、自分のセッターなのだと心底自慢気に。

額に汗が光っていても尚、微塵も暑さを感じさせない赤葦は真っ直ぐみょうじを見据え、もう一度、その背中を押すために口を開いた。


「もし迷ってるなら、お願いします」


こうなった責任の一端が自分にもないとは言えない。誰よりも木兎さんの言動を先回りする癖がついているからこそ分かる。たぶん今はみょうじさんが適任で、確かな迷いを映すその背を強く送り出してあげるべきなのは俺だ。木兎さんの口から良く話題に挙がっているだろう俺なら、彼女の信頼を勝ち取るに値する。はず。


「……ありがと。赤葦くん」


まるで太陽を仰ぐ向日葵のよう。「ちょっと行ってきます」と駆けていったみょうじの笑顔から、影は消えていた。





「……赤葦クンよ」
「何ですか黒尾さん」
「良かったわけ?うちのみょうじにお宅のぼっくん任せちゃって」
「ええ。上手くいきそうですし」
「あれ、お前反対派じゃなかったっけ」
「違いますよ。面倒ごとを避けたかっただけです」
「まだそうなる可能性もゼロじゃねーと思うけど?」
「まあフラれて落ち込む心配はないでしょうし、良いんじゃないですか?」
「あー、そこな」
「はい」
「お前も苦労すんね」
「有難うございます」



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