声よりも匂いよりも何よりも



 靴箱前で真っ赤な男女が二人、なんて、はたから見たら笑ってしまう光景だ。
 心臓は今にも破裂してしまいそうだけど、自分達のことをそんな風に客観視できるくらいには冷静な頭で恥ずかしさと動揺を抑え込む。
 構える余裕もなかったのだろう岩泉くんは、きっと耐え切れなくなったに違いない。茹で上がった赤い顔を片手で覆って、俯いた。てっきり、好意なんて寄せられ慣れているとばかり思っていたのに、どうやらそうでもないらしい。


「そんな反応されると期待しちゃうんだけど……」


 目に見えて分かるほど照れている様子は素直に嬉しいと思う。でも、続きの言葉がどうしたって見付からない。

 よくよく考えてみれば、私は岩泉くんのことをずっと見てきたけれど、岩泉くんは私の名前程度しか知らないはずだ。仮に、私に対して好意的だったとしても、よく知らない人の想いに応えるのは誰だって難しい。
 どう申し出るのが正解か。どう伝えたら、迷惑にならないか。ああ、どうしよう。考えれば考えるほど、顔が熱くてしかたがない。
 もう冷静でなんていられない。やっぱり頭も、この心臓と一緒に破裂してしまいそう。

 それでも必死に動かしていると、名前を呼ばれた。たったそれだけで思考が止まって、全意識がさらわれる。


「期待していい。つーかしてくれ」


 まるでさっきの私と同じ。溜まった熱を逃がすように、意を決するように大きく息を吐いた岩泉くんは、まだ朱が差している顔を上げた。
 真っすぐ私を射抜く双眼に、心ごと奪われる。


「ずっと気になってた、から嬉しいし、いろいろ話してえ」


 ひとつひとつ選びながら紡ぎ落とされた言葉に涙腺が震えてしまう。もう、なんだろうな。私、今日死ぬのかな。幸せ過ぎて息が苦しい。

 いっぱいいっぱいの胸元を握って勇気を振り絞る。
 私も話したい、もしまだなら一緒に食べませんか。私のあまりにたどたどしいお昼の誘いに岩泉くんは笑って、それからしっかり頷いてくれた。



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