わたしひとりを救うため



「そんなんで足りんのか?」
「ちゃんともう一個あるよ」
「いや、それでも少ねえだろ……」


 購買で買ったおにぎりと家から持ってきたサラダを見せてみたけれど、岩泉くんには納得いただけないらしい。考えるように視線を横へ逸らした彼は「なんかいるか?」と、まだ手付かずのお弁当を私に傾けた。

 体育館裏の日陰は人気がなくて穏やかだ。おかげで食べることも忘れていろんな話をしたし、そこそこ打ち解けたと思う。とはいえ、拳ひとつ分あいた隣に岩泉くんが座っていることにはまだ慣れない。ましてやお弁当のおかずをくれるだなんて、心臓が変な音を立ててしまって、聞こえていないかドギマギする。


「い、いいの?」
「おう。好きなんとれよ」


 悩んだ末に卵焼きをひとつ頂く。お礼を告げると、岩泉くんの表情は心なしか和らいだ。それがなんだか嬉しくて、つい頬がゆるんでしまっていけない。気恥ずかしさを胸に秘めたまま、サラダをしゃくしゃく咀嚼する。

"期待してくれ"
"いろいろ話してえ"

 彼の声がふつふつ思い出されて、こだまする。


「今日、待ってたの? 靴箱で」
「ああ。突き止めんのに時間かかっちまったけど、今までも結構確認してた」


 苦笑する横顔に、私の鼓動は高鳴った。
 勉強に部活に毎日忙しいはずなのに、合間を縫って会えるタイミングを探ってくれていたんだ。そんなの気付きもしなかった。もっと早く気付いていれば、私の方から会いに行ったのに。


「なんかごめんね」
「なにが?」
「邪魔にならないようにしてたつもりなんだけど、逆に時間使わせちゃったみたいで……」
「あーそういう。べつに謝ることじゃねーよ。邪魔とか思ったことねえし、むしろ、ちょっとワクワクしてた」
「ワクワク?」
「宝探しみてえだなって」


 真っすぐ向けられる笑みのなんと眩しいことか。
 少年のようなあどけなさと少しの照れを孕んだその表情に、息を呑む。


「付箋見んのも楽しみだった」


 とっくに夢中な私の心をさらに射止める岩泉くんのすべてがずるい。嬉しさと愛しさが込み上げて、息が震えて胸が締まって、今にも想いが溢れてしまいそうになる。きっと赤くなっているだろう自分の顔を隠すより、一分一秒でも長く岩泉くんを視界にとどめておく方が先決で、その声を一音でも多く聞いていたくてたまらない。瞬きさえ見逃したくないくらいにすべてがもったいない。

 そんな、期待しかできそうにない私を見つめながら岩泉くんは言った。引退するまでは部活第一になる、と。そんなのはとうに分かっていたから、驚きもしなければ不満を抱くこともない。心配いらない。だって元々、眺めているだけの予定だった。岩泉くんに気付かれない距離でも幸せだった。

 なのに私が惚れ込んだ堅実な優しさが、惜しみなく注がれる。


「もしみょうじがそれでもいいなら、俺と、付き合ってほしい」


 返事は音にならなかった。視界が滲んで、目が熱くて、緩みきった涙腺を引き締めることに精一杯で、頷くことしかできなかった。


詩にすらなれない一片の
夢みたいな、私の初恋。


fin.




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