彼女だけが色付いて、自然と目で追って探して、嬉しい筈のことさえ苦しくて。ずっと傍にいて欲しかったり、自分だけが良かったり。今まで散々悩んだ初めての感覚全部を名付けるものが、まさかこんなにシンプルだったとは。
「ごめんね。全然元気出るようなこと言えなくて……」
「んなことねえよ。すげー嬉しい」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
世界が晴れていく。明度を上げた景色の中心。日陰に映える白い肌。
湿った夏風に促されるまま、木兎は持ち上げた手のひらでその片頬を覆った。無骨な指がみょうじの柔肌を優しくなぞる。一瞬跳ねた小さな肩。制汗剤の爽やかな香り。長い睫毛。綺麗な瞳。穏やかに募りゆく恋の礫が、互いの心臓を啄む。可愛いとかかっこいいとかそんなものじゃなく、ただ溢れる愛しさに耐えきれなくなったのは先に惚れた側。まるで内緒話をするような低い音。
「好き」
ここで名前を呼んだ日よりずっと前から。たぶん、初めて目にした時から。
「好きだ、なまえ」
沸騰した血液がぐるり。呼応するように大きくなった心音が鼓膜を打ち鳴らし、熱を帯びた皮膚が素直に震える。驚きか嬉しさか。分からないけど何でもいい。寄せられる鼻先が擦れた今、すぐそこまで迫る黄土色以外、みょうじにとってはどうでも良かった。もう目を瞑るだけで精一杯だ。
間もなくやんわり触れた唇から滲む、甘酸っぱい多幸感。
「なあ、もっかいしてい?」
「……ダメ」
「え゙……もしかして嫌だった?」
「や、違くて……嬉しいんだけど、凄い、恥ずかしい……」
どうしていいか分かんないから、ちょっと待って。そう続けたみょうじは、胸がいっぱいで今にも詰まりそうな息をなんとか逃がしながら、火照って仕方がない顔を木兎の首筋へ押し付けた。「そっかそっか。なんかごめんな。好きだって思ったら止まんなくてさー」と。持ち前の真っ直ぐさで、悪びれもせず羞恥を煽る声色はすっかり普段通り。いつもみょうじが耳にしていた朗らかな太陽そのもので、あーあ心配して損した、なんて思わせるくらいには明るく、そして、心底嬉しそうだった。
ふたりっきりで、羽ばたこう。
fin.