朝を背にして夜を抱いて



轟くんと出会ったのは十年ほど前。広い病室に一人で座っていた彼の姿は、今でも鮮明に思い出せる。包帯に覆われた、顔の左半分。憎しみのこもった眼差し。彼の父であるエンデヴァーに連れられてきた私が、よほど悪者に見えたのだろう。

不眠気味な息子を寝かせて欲しい。

そんな依頼内容に似つかわしくないピリピリした当時の空気感は、よく覚えている。


「はじめまして、なまえです」
「………」
「返事をせんか焦凍」
「………」
「焦凍!」
「大丈夫です、エンデヴァーさん」


おまかせください。

何をどうすればいいか考えながら、取り敢えずエンデヴァーを病室の外へ追い出す。轟家が個性婚である話は聞いていた。抑圧されていることも知っていた。つまり彼にとって大人とは、自分を守ってくれる存在ではない。そんなものは、ここに必要じゃなかった。



ベッド脇の丸イスへ座り「こんにちは」と微笑みかける。彼は一挙一動を見逃すまいと私を凝視したまま、ただ黙っていた。綺麗な色をしているはずの瞳は暗く淀み、白い肌に隈が浮き立って見える。眠れない理由は、その左側に起因しているのか。うーん。あまり踏み込むのは、よろしくない。


出来るだけ刺激しないよう再度名前を名乗って、それから一人でつらつら話をする。雇われているだけであって、危害を加えるつもりはないこと。私の個性で、あなたの安眠を守りたいこと。嫌なことはしないこと。何かあったら言って欲しいこと。あとは思いつく限りの、適当な雑談。

夕陽が室内を染め終え、静かな夜がやって来る。

彼は黙って聞いてくれていた。ゆっくり手を伸ばせば、びくりと震える小さな肩。それでも「大丈夫だよ」と微笑みかければ、おずおず頭を差し出してくれた。触れた髪は柔らかく、指の間をさらさら滑り落ちていく。


「お名前は?」
「……しょーと」


彼の声は、眼差しは、とても寂しげに響いた。



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