無機質なものかもしれない



生徒に混じって出勤し、先生方への挨拶もそこそこにコーヒーを淹れてデスクへ着く。私の一日は、一杯のコーヒーから始まる。


私宛の箱には、今日も変わらず山のような書類。さては誰か溜めてたな。漏れそうになった溜息を呑みこんで、ザッと目を通す。なんだか最近、疲れがとれない。それでも仕事が嫌だと思ったことはない。先生方には、事務作業なんかより生徒との時間を優先して欲しい。だから、その為のお手伝いが出来ることは全然苦しくなかった。

これは後、これは先、これとこれは期限が近いから超特急。優先順位ごとに振り分けて、一日の段取りをする。見たもの、読んだものを一瞬で記憶出来るこの個性は、我ながら便利で使いやすい。ちゃんと限度を守っていれば不備も出ず、個性を使っている間は集中力があがって、仕事以外のことを考えずにいられた。



手を止めたのは、終業のチャイムが鳴った頃。「なまえちゃん」と軽く肩を叩かれ、もう夕方かって窓の外を横目に見ながら振り向く。眼前には、相変わらずのナイスバディ代表ミッドナイトさん。私もこんな色気があれば、ちょっとは意識してもらえていただろうか。あーあ、仕事が終わるとこれだから嫌になる。無い物ねだりは虚しいだけ。


「何かご用ですか?」
「急なんだけど、この後空いてる?」
「空いてますよー。お仕事です?」
「まさか。皆でご飯に行きましょってお誘いよ」
「ご飯……ですか?」


目を丸める私にウインクを寄越した彼女は「イレイザーも参加させるから大丈夫よ」と笑った。別にそんな心配はしていないし、相澤さんがいるから大丈夫ってことは微塵もないんだけれど、とりあえず頷いておく。プロヒーローの面々とご飯に行ける機会なんてそうそうない。それに、たぶんミッドナイトさんは気付いている。私が相澤さんに好意を寄せていることも、煙草を吸っていることも、何もかも。他の人より何倍も大人だから、直接助言したりはしないけど。ただ、学生の頃から良く見てくれている人だった。


「じゃあそういうことで。また声掛けるわ」
「はい。待ってます」


ひらひら振られた手へ、軽く頭を下げる。いいなあ。度胸も気風もたっぷり。ヒーロースーツがちょっといろいろ危ないけれど、良い女ってのはああいう人のことを差すのだろう。そう言えば、相澤さんが先生になったきっかけは、ミッドナイトさんが作ったんだっけか。彼の好みも、あんな良い女なんだろうか。

ああ、煙草が吸いたい。



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