どうか、そばにいてくれよ



「それじゃあ、改めまして!なまえちゃんお帰り〜!」
「「お帰り〜!」」


パンッ、パパンッ、パパパパンッ。

居酒屋の扉を開けた瞬間。ミッドナイトさんやプレゼントマイクさん、他クラスの先生までもが揃っているお座敷で、盛大なクラッカーの破裂音が次々に響いた。上下に広がった私の視界を紙ふぶきがひらひら舞う。え、何。何だこれ。


「事務就任、おめでとう!」
「みょうじが来てくれて、毎日大助かりだ」
「ほら、何だかんだバタバタしてて、まだお祝いも歓迎会も出来てなかったじゃない?」
「ってことで、今日は俺らの奢りだ!パーッと飲もうぜ!」


口々に声を掛けてくれる豪華な面々と、ただ吃驚したまま突っ立っていることしか出来ない一般人の私。お店の人からすると、さぞシュールな絵面だろう。

あれよあれよと言う間に真ん中の席へ通され、促されるままに腰を下ろす。「何飲む?」とドリンクメニューを広げられ、まだ動かない頭で何か言わなきゃって考えて、でも開いた口から音は出なくて。そんな私を見兼ねたのだろう。放心状態から救ってくれたのは、ぽんぽんと背中を叩く大きな手の平。ぶっきらぼうなこの優しさは、よく知っていた。


「落ち着け」


顔を向けた右隣。頬杖をついている相澤さんと目が合う。じわじわ胸に広がったのは、言い様のない安心感。今の今まで詰まっていた息が自然とこぼれ「ありがと」と呟けば、彼はその眦をほんの少し和らげてメニューをしゃくった。早く選べってことかな。離れていった温度を名残惜しく思いながら、ずらりと並ぶお酒の名前を目でなぞる。

全員に飲み物が行き渡ったところで任されたのは、乾杯の音頭だった。戸惑いを押し込めながらその場に立って、一人一人の顔を見回す。企画や集まってくれたことへのお礼、ヒーローを支えることが出来る喜び、それから今後の意気込みなんかを手短に語って、乾杯。ガヤガヤし始めた室内に充満する空気はひどく温かく、無事に成功したんだってこっそり胸を撫で下ろしながら座り直した。



適度なお酒、美味しい料理、楽しい時間。だんだんお腹も気分も満たされていく中、愛しい人がすぐ隣にいる。いつもは白い首筋が赤みを帯びていて、それが妙に色っぽく映るのは、私も酔いが回ってきているってことだろうか。

頼んでおいた二人分のお冷をそっと寄せる。気付いた彼はこちらを向いて、小さく笑った。ずいぶんとご無沙汰な笑みに、ドキリと胸が鳴る。


「ありがとな」
「い、いえ」
「顔赤ぇぞ。無理するなよ」
「っ……」


ぽんぽん、と撫でられた頭。膨れ上がった熱。体も顔もぽかぽかして、ああ酔っているんだって認識する。

いっそこのまま、お酒に任せて縋ってしまおうか。許容してくれるかな。一晩くらい相手にしてくれるかな。それとも、誰か送ってやってくれって上手くかわされるかな。なんて、これじゃあまるで頭が悪い。


ふつふつ湧き立った邪な考えを嘲笑して、お冷で流す。生憎そこまで弱くはない。迫ったところで、きっと自分の理性が邪魔をする。何も分からなくなるほど酔ってしまえるタイプだったなら、たぶん世界は今より簡単だったし、もっと器用に生きれていただろうのに残念。

ポケットに煙草が入っている上着を持って、ちょっとお手洗いにと席を立って、ほんの少しふらつく足を踏ん張って、相澤さんの後ろを通り抜ける。レジで灰皿をもらって、外に出た。



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