夜明けの産声



目が覚めた時、自分がどこにいるのか、はたまた生きているのか死んでいるのか、分からなかった。だって、確かに撃たれたはずの体はどこも痛くない。地獄か辺獄か天国か現実か。まあ、天国はないか。

自嘲気味に引き攣った口角。漏れた吐息に、息が出来ることを知る。酸素を吸い込めば肺が膨らんだ。自然と体内へ向かった意識で、心臓が動いていることに気付く。ああ、現実か。

視界には、打ちっぱなしのコンクリート。


「起きたか」


静かに大気を揺らした声に顔を向ければ、壁際の長イスに、奇妙なマスクをした男が座っていた。ぼーっとしているところをずっと見られていたのかと思うと、なんとも恥ずかしい。その緑のジャンパーには、覚えがあった。


「無事だったんですね」
「無闇に飛び出すのは感心しない」
「そうね。ごめんなさい」


分かってるんだよ。バカなことをしたって。でも、ちょっとだけ夢を見たかったんだよ。ついでに言うなら、体が勝手に動いたって感じかな。何にもないこの掃き溜めみたいな世界から、空っぽな私から、おさらば出来るかなって。笑っちゃうよね。


細められた、綺麗な瞳。艶のある低音は心地良く、座っていても目に見えて分かる長い手足が、スタイルの良さを知らしめている。鳥の嘴のような形をしたマスクの下は分からないけれど、きっと、世の女が放っておかないだろう部類の男。恵まれた人。

ここは、どこだろう。


「痛くないのは貴方のおかげ?」
「ああ。勘違いするなよ。借りを作りたくなかっただけだ」
「そう。生かされたんだね、私」
「……英雄気取りの病人かと思っていたが、ただの死にたがりか?」
「んー……まあ、そんなものかな」


誰にも必要とされなくて、誰の役にも立てない道を歩いてきたから、最期くらいはって思ったの。

そう言うと、彼は眉間にシワを寄せた。どうやら人助け精神がお気に召さなかったらしい。「ごめんなさい」と、もう一度謝りながら上体を起こす。軽い目眩に、息を吐く。


「貴方、お医者さん?」
「そう見えるか?」
「いいえ全然。でも、怪我を治せるんでしょ?」
「そういう使い方も出来るだけだ」
「多様性のある個性なのね」


素敵。そう微笑んで、治療室にあるような固いベッドから下りた。一度気を失ったからか、すっかり冷静な頭が、お礼を伝えて大人しく帰ることを提案している。

改めて向き直った瞳は、ひどく冷たく鮮やかな黄色。うっかり見蕩れている間、彼もまた、私を見ていた。頭の先から足の先まで。まるで値踏みするかのように、じっとり動いてから戻ってきた視線。

大気の合間を縫う艶やかな低音に「お前の個性は」と聞かれ、思わず苦笑い。それでもちゃんと「無いよ。無個性なの」って、返事が出来た。いつものように悲観する暇はなかった。だって、見開かれたその瞳が揺れていた。蔑むでもなく、鼻で笑うでもなく、見下すでもなく、呆れるでもなく。


「せっかくの無個性を無駄にしようとしてたのか……勿体ない」


捨てるぐらいならうちに来い、と、彼は言った。



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