そうとも、僕は君を殺す



ゆっくり水槽を見て回る。ホークスは私の後をついてきて、時折隣に並ぶだけ。自分から誘ったわりに、別段興味はないらしい。「退屈じゃない?」と聞いてみれば「ぜんぜん。楽しいですよ」と、いつもの笑みが寄越された。

クラゲコーナーをのんびり過ぎ行き、館内きっての目玉である大水槽の前に着く。ゆらゆら揺れる水影に私も彼も浸されて、まるで海の中にいるみたい。ふ、と仕事を思い出す。まあ実際、ヒーローとして要請される川や池はこんなに綺麗じゃないけれど。泥や砂やゴミや排水なんかに汚され、一寸先も見えやしない。


「なまえさんは地上と水中、どっちが好きです?」
「……難しいこと聞くね?」
「すみません。ちょっと気になりました」


悪びれる様子もなく、あっけらかんと答えた声が大気と混じる。大水槽の底まで射し込む光の筋を、眺める瞳が眩しそう。……彼は今、何を考えているのだろう。どうしてここに来たかったのか。どうして私だったのか。どうして私にこの場所で、そんな質問を投げかけるのか。

地上と水中。どちらが好きか、考える。


「……水の中は、気楽だよ」


魚も貝もシャチも鮫も、皆それぞれ本能のままに生きている。生きるために狩りをする。子孫を遺すために身を守る。食べて眠って、そして死ぬ。種族によって喜怒哀楽は多少あれど、自然の摂理には抗わない。抗う思考を持っていない。意味もなく傷付けて、いがみ合ったり裏切ったり、時には自分を殺したり。生まれたことに絶望したり、育った環境を憎んだり。そんなことはきっとしない。彼らはそんなに暇ではないし、賢くないし、愚かじゃない。


「危険はその分あるだろうけど、人間みたいにどろどろしてない。でも」


でもね、ホークス。


「こうして今、顔も知らない他人風情を救うために命懸けでヒーローやってる自分が好きなの、私」


生きるために殺すから、善も悪も判らない。判別なんてする必要さえない世界に、私が好きでいられる私は存在し得ない。だからたとえ、どんなに水の中が楽でもここを選んでる。自ら選んだ場所に立ち、誇れる自分と連れ添いながら、生きている。

答えになったかどうかはわからない。でもたぶん、単純に好みの話ってだけじゃなく“どうして地上で生きているのか”を、聞かれているような気がしていた。


「なまえさんらしいですね」


いつだったか、飛べる奴は飛ぶべきですよ、と言った彼が軽快に笑う。やー、芯がお強い! なんて茶化し、けれど水槽に映る瞳は孤独の底を見つめていた。俺とは違う。そんな声が、今にも聞こえてきそうなほど。



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