これは君への餞だ



まただ、と思う。また彼が、ホークス以外の誰かに見える。妙な焦りが胸を掻き立て、何か言わなきゃ救わなきゃって、独りよがりな正義感がせり上がる。でも嚥下した。私が何を言ったところで、きっと彼には響かない。


所詮他人だ。異なる環境で育ってきて、違う思想を持っている。ただ地上以外を知っていた。彼は空を、私は海を。些細ながら希少である共通点は、信頼を得るに値する。けれど痛みを分け合うには、あまりに不十分過ぎた。

話せば楽になれる人がいる一方で、より実感して追い詰められる人もいて。相手の意見を聞くことで、同調意識が薄れてしまう場合もある。人ってきっと、この世で一番付き合い辛くて生きにくい。だから揺らいでしまった時、自分を律する指針のようなものが要る。たとえば救えなかった命の数や心無い罵詈雑言。たくさんの弊害に打ちのめされて、ヒーローを担う理由を見失った時、私が頼るそれらは“自分”だ。憧れだけで前を向けるほど綺麗じゃなくて“私はヒーローやってる私が好きだから”以外の用意がない。おそらく芯が強いと言われる所以。

じゃあホークスはどうだろう。速すぎる男の名を欲しいままにしている二十二歳の彼は、どうだろう。ヒーローが暇を持て余す世の中に。今まで何度か聞いたセリフには、果たして彼を支えられるだけの強度が備わっていただろうか。さっき私が意図せず孤独を見せてしまった彼の支柱は、もしかしたらもう、ボロボロだったかもしれない。


「……えらいね、君」
「ふ」


吹き出すように小さく笑ったホークスが「急にどうしたんですか? 褒めても何も出ませんよ」とおどけてみせた。その仮面、丈夫だね。


「逃げればいいのに」
「なまえさん?」
「遠い国に飛んでっちゃえば、それで楽だったかもしれないのに」


視線をゆっくり隣へ移す。水影が、琥珀色の瞳の中でゆらゆら揺れる。

苦しいね。見上げながら音を送れば、彼のお喋りが止まった。薄い唇は半開きのまま、取り繕うことを忘れている。それでいい。やっぱり何を言ったところで響かないと思うけど、君の中で、好きに噛み砕いてくれればいい。


「逃げないから苦しくて、頑張ってるから独りなんだよ」


ねえホークス。今から凄く自惚れた言い方をするけれど、数多の付き合いがある中で今夜のお供に私を選んだ君本人のせいだから、どうか笑わないで呑み込んで。

何もないなら作ればいい。脆くなっただけなら補強すればいい。


「私が好きな私はヒーローやってる時限定。でも君のことは、ヒーローやってなくても好き」


私風情でお気に召すなら、空気感でも声や姿勢や言葉でも、なんでも好きに使ってよ。



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