最愛の人と過ごすよる



ふ、と意識が浮上する。
この感覚を経験するのは、もう何度目か。さすがに時計を見なくてもわかる。どうせいつもと変わらない、午前二時前。

本当、どうしてこんなに目が覚めるようになってしまったのか。昨日も一昨日も、瞼の裏に浮かんだ姿はたった一人だったけれど、別にそれほど不安があるわけではない。夢見も悪くない。環境が変わって眠れないほど神経質でもない。単に癖づいてしまったのだろうか。困ったな。原因すら自分で探れないようじゃ、ヒーローになんてなれやしない。

いつの間にか肺に充満していた息を吐きだす。

そろそろ二時を過ぎた。呼べと言ってくれた爆豪くんのわかりにくい優しさに甘えて、携帯を鳴らす。数回のコールで出た彼は『すぐ行くから鍵開けとけ』と言って、私が言葉を発する前に切った。機械越しのそれは、いつもと変わらない声だった。
言われた通りに鍵を開けてから、二人分のホットミルクを作る。少しして静かに入ってきた部屋着姿の爆豪くんは、そんな私を見るなり顔を顰めた。パタン、と扉が閉まる。


「何しとんだコラ」
「え……せっかく来てくれるから、何か出そうと思って」
「んな気遣い要らねえわ」
「でも、廊下に出たら冷えたでしょ?」
「良いんだよ俺ぁ。つーかてめえ寝かす為に来てやっとんだ。さっさと布団入れやクソが起きてんじゃねえ」
「ごめん……」


爆豪くんは私の為に睡眠時間を削ってくれるのに、私は何も出来ないから、それならせめて。精一杯の想いを込めたホットミルクは、どうやら不要だったらしい。自然と視線が落ちる。落胆と申し訳なさと、ほんの少しの自己嫌悪。出来るだけ怒らせたくないのに、彼を完璧に理解するには時間が足りない。暗闇の中、ゆらゆらと漂う湯気を眺める。捨ててしまうのは勿体ない。かと言って、この状態で冷蔵庫に入れるのも心配だ。どうしようかな。

聞こえたのは溜息。私のじゃない。振り向けば、すぐ後ろに爆豪くんがいた。「俺のんどっちだ」と言われ、砂糖を入れていない方のマグカップを示すと、節張った指を引っ掛けて、ベッド脇のカーペットへ腰をおろす。呆気に取られている私を横目に見上げたルビーが、まるで”早くしろ”と言っているように細められるものだから、慌てて隣に座った。

小さな優しさに、胸がじんわり熱を孕む。ホットミルクも温かい。
爆豪くんへ肩を寄せると、触れ合った箇所から互いの体温が滲み出す。カーテンの隙間からこぼれた月明かりに包まれる、穏やかな時間。


「ずっと起きててくれたの?」
「いや、二時前にアラームかけて寝てた」
「ごめんね、私の為に」
「分かってんならさっさと飲んで寝んぞ」
「うん、有難う」


ふわふわとした心地に思考を委ねる。丁度いい位置にある肩へ頭を預ければ、一瞬だけ止まった爆豪くんの呼吸が、とてもゆるやかに吐き出された。



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