ただの幼馴染だなんて



勝己によって、いろんな意味で温まった体をソファへ預ける。テーブルの上には、カラになった黒猫のマグカップ。おかわりを淹れるか聞いてみたが「いらねえ」と素っ気なく一蹴されてしまった。

それにしても、いったいどういう風の吹き回しか。

ほんの数十分前の言葉を思い浮かべる。私の顔を見に来た、なんて随分とらしくなかった。心配させるようなことは何もないはずで、週に何回かは連絡もとっている。勝己の気にかかるようなことなんて、てんで思いつかない。


「ねえ勝己」
「あ?」
「本当に私の顔、見に来ただけ?」


もしかして別の理由があったんじゃ、と隣を見遣れば、勝己もこちらを向いた。口をへの字に尖らせて眉を寄せた、バツの悪そうな顔。実は家に帰ってきたはいいものの鍵が閉まっていたとか、光己さんから逃げてきたとか、そんな感じなんじゃなかろうか。てっきりそう思ったのに、まさか「だったら何だ。別にいいだろ」なんて言われるとは。何も言葉が出てこない上に開いた口が塞がらない。笑い飛ばす準備だけは万全だったのになあ。

ただただ驚く私に向けられた、珍しい彼の表情に目が逸らせなくなる。意図するそれは、照れているのか拗ねているのか。伸ばされた指先が、両頬を摘まむ。


「何か言えやオラクソ」
「んんん」


うにうに雑に揉まれてしまっては、唸り声程度でしか返事ができない。なんとか抗議を試みたけれど「ふは、ブス」と笑われるだけに終わったので、気が済むまで許容してあげた。至極楽しそうに瞳を細めて笑う勝己を見るのは、全然嫌いじゃない。悪戯っ子のような面影は相変わらずで、とくん、とくん、と胸が鳴る。


「好きだなあ」
「……は?」


無意識にこぼれ出た呟きは、どうやら彼の耳まで届いたらしい。綺麗なルビーがきょとん、とする。そんな仕草にすら幼い頃の影が重なって、全然知らない部分も増えたけれど、確かに私の知っている彼であることが、なんだか無性に嬉しかった。


「そうやって笑ってる顔、好きだよ」


自分がどんな顔をしていたかなんてわからない。胸の内はとても穏やかだったから、もしかすると笑っていたのかもしれない。それくらい、ふわふわとした心地。


「……何も出ねえからな」
「ええ?せっかく褒めたのに」
「褒めたっつーか……なまえのくせに生意気だクソ」
「はいはい、上から目線でどうもすいませんでした」
「一丁前に煽ってんじゃねえわ死ねカス」


暴言を吐きながらも、ふいっとそっぽを向くあたり、たぶん照れているんだろう。首元が少し赤かった。



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