どうか鼓動は伝わらないで



「てめえはどうなんだよ」
「え?」


 唐突に投げられた言葉に顔を向ける。指先を気にしているらしい彼は、テーブルの引き出しを開けて爪切りを取り出していた。人の家だっていうのに、まるで遠慮がない。一定の速度を保ったヤスリの音が、静かなリビングに響く。


「さっきから俺のことばっかだろ」
「まあ。私のことに興味ないでしょ?」
「勝手に決めつけんじゃねえ。あるわ」
「……え?」
「あ"?」


 驚きのままに凝視すれば、爪を整えながら睨み返された。眉間にはいつものシワが刻まれている。いや怒らないでよ、びっくりしただけじゃん。
 ほんの少しの嬉しさを胸に、何を話せばいいのか思考を巡らせる。とはいっても、報告するような出来事など特に思い当たらない。なんの変哲もない平凡な毎日だ。朝起きて、学校に行って、適当に授業を聞き流して、友達と駄弁って、バイトに向かう。そんな日々のループを面白おかしく話せる自信はない。


「別に普通だよ。平々凡々って感じ」
「部活とかねえんか」
「やりたいことなくて入ってないの」
「つまんねえ高校生活だな」
「否定はしないよ」


 ふん、と鼻を鳴らした勝己は、爪切りを引き出しに戻した。そうしてまた、私の肩へと頭を預ける。どうやら気に入ったらしい。なんだか枕にされているようで複雑だけれど、押しのけるほど嫌でもないので好きにさせておくことにした。


「ダチは」
「いるよ。勝己じゃあるまいし」
「ぶっ殺すぞ」
「ごめんて」


 大きな舌打ちの後、降りたのは沈黙。

 私も勝己も、元々お喋りな性格ではない。言葉にしなくたって伝わることはたくさんあったし、わざわざ話題を探すようなこともしなかった。時折交わす文字のやり取りだって、殆ど業務連絡のように簡素だ。絵文字も使わないし、顔文字も打たない。
 それでも、こうして顔を合わせれば心が落ち着いていく。じんわり広がる体温に、とくとく胸が鳴る。

 次第に重みが増して、聞こえてきたのは穏やかな寝息だった。



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