化石を孵化す



さては私で遊んでる。ほらもっと楽しませろと言わんばかりのニヤニヤ顔をじっとり睨む。恥ずかしいし悔しいし、でもそれ以上に――“気に食わない”。

お腹の底が冷えていく。

勝手に楽しんでくれる分には勿論良い。呪いの王たる宿儺が、ご機嫌さん且つ虎杖くんの生活や健康を害さないのなら、それは高専にとってもきっと良いことだ。ご飯を作ってくれるのは有難いし、片付けが出来ないだの貧弱だの罵られたって別に構わない。イラッとするけど尾は引かない。ただ、いつだって何だって“どうでもいい”を根底に生きているこの心内を乱されるのは、好きじゃなかった。それも、表面を削り取るような五条先生とはまた違った揺るがし方。まあ私が宿儺を意識しているせいかもしれないけど、それでも悪いのは私じゃない。中途半端に可愛がる宿儺のせい。


女の子なんだよ、これでも。あなたにとっては玩具でも。普通の人生なんてそもそも視野に入れてなくても。だって馴染めないんだもん。変なモノが見えて祓う力が備わっている。たったそれだけのことなのに、どれだけ一般人を装ったって絶対的な壁がある。辛いことは嫌だった。しんどいのも悲しいのも期待するのも、やっぱりダメなんだって失望するのも、もうたくさん。


「宿儺はさ、私が太ったら来なくなる?」
「さてな」
「そうやってはぐらかして好きなだけ遊んで、飽きたら捨てる?」
「そも拾っておらんが、何が言いたい?」
「いいの?気分悪くなるかもだけど」
「良い。言ってみろ」


大人しく身を引いた宿儺はテーブルへ頬杖をつき、聞く態勢に入ってくれた。

意外だ。話も聞かずに突っぱねるか、臍を曲げて帰ってしまうか。そんな未来しか予想していなかっただけに、胸のざわつきが喉を詰める。

不思議だな。本当に気分を害した場合、いくら虎杖くんとの約束があるといえど殺されてしまうかもしれない。むしろその可能性の方が遥かに高いっていうのに、今、全然全く怖くない。死ぬことが怖くないんじゃない。無意識下で“宿儺に殺されない”と分かっている。今まで散々甘やかされて、まさか危険因子でしかない特級呪物がこんなに身近になっているとは――。



目は伏せない。比較的穏やかといえる視線からも、向き合ってくれようとしている姿勢からも逃げたくなかった。


「ご飯以外、構わないで」
「なんだ。気に障ったか?」
「……うん」
「理由も無しに頷けとは、道理がなってないと思わんか?」
「……」


息を吐いた彼の口角は、ほんの少しも上がらない。それだけ真面目に取り合ってくれているのだろう。嬉しいような、むしろひどく憤慨してもう知らないと放っておいて欲しかったような、なんとも複雑な胸中に眉根を寄せる。

理由なんて言えるわけがない。期待したくないから触らないで、なんて、それこそ私で遊んでくださいと言っているようなものだ。呪い相手にわざわざ墓穴を掘りにいくような真似はしない。そう、彼は呪いだ。人じゃない。安心していい存在じゃない。好きになっちゃ、いけない。


「……帰って」
「まだ、」
「洗い物はしとくから!……だから、今日は帰って。ごめん」


言いかけた声を遮断しながら顔を伏せる。握り締めた手のひらに切り忘れていた爪が食い込んで、けれど痛みは感じなかった。パタンと扉が閉まった後、鼓膜を突いた静寂だけが痛かった。



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