お札みたいにぺらぺら数えた呪符をポーチに移す。時間になっても聞こえてこないノック音が思った以上に寂しくて。でもこれでいい。そもそもこれが私にとっての日常だった。そう言い聞かせてベッドに入った。開かない扉を一瞥し、電気を消す。ずっと規則正しく一定量の栄養を摂っていたからか。習慣とは怖いもので、宿儺が来るようになるまでなんともなかったはずのお腹が、ちょっとすいて驚いた。とはいえ作って食べる気には当然なれない。そのままゆっくり目を閉じた。
さほど寝付けず迎えた翌日お昼過ぎ。びっくり目敏い野薔薇に「寝不足か?」と指摘され、さすがにまずいと外へ出た。木陰の芝生に寝転んで、揺れる葉音で森林浴。どうしても宿儺の影がちらつく自分の部屋よりは安心出来て、深く吸った息を吐けば落ち着いた。そよ風にさらされて、うとうと微睡み始めた頃。
「お、いた!みょうじー!」
飛んできた呼び声になんだなんだと起き上がる。向こうの方から駆け寄ってきた鴇色はホワイトピュアピュア虎杖くん。ちょっと身構えてしまったけれど、宿儺は不在のようだった。
「っごめ、起こした?」
「大丈夫だよ。何かあった?」
「あー……えっと」
なんとも言いづらそうに口籠っては視線を逸らした虎杖くんが隣に座る。「直球でわりぃんだけど」と歯切れ悪く続いた言葉に、一瞬鼓動が波打った。
―――みょうじさ、宿儺となんかあった?
「どうして?」
「昨日体貸せって言われなかったし、一昨日のー……晩?深夜?くらいからすげー静かでさ。宿儺に聞いてもガン無視だし、なんかあったんかなって」
「……」
「まあ怪我とかはないっぽいし、みょうじが無事ならいんだけど――って、みょうじ?大丈夫?……やっぱなんかあった?」
純真な彼は、悪の塊みたいな呪いがよっぽど嫌いなんだろう。心配そうに下がった眉に伴わず、大きな瞳の奥の奥は少しばかりピリついている。
ここで私が嘘八百を並べたら、虎杖くんはどうするだろう。もう体は貸さんってなるのかな。それとも宿儺が出てくるだろうか。その皮膚上に赤い瞳を覗かせて『嘘をつくな。心外だ』って怒るかな。……怒ってくれるだろうか。あの時、これでいい私は悪くないって突っぱねたくせして今更悔いている随分勝手な小娘に、いくら違う意味合いであれど、謝る機会なんてくれるだろうか。
「……なんにもないよ」
「ほんと?」
「うん。飽きたんじゃない?虎杖くんが条件付けてくれてるおかげで、毎日一緒にご飯食べるだけだったからさ」
ありがとねって微笑めば、パッと表情が和らいだ。朗らかな「おう!」も「じゃーそんだけ。寝んの邪魔してごめんな」と申し訳なさそうに覗いた白い歯も、チャイムが鳴る前に起こしに来ようか聞いてくれる優しさも、やんわり断れば片手をあげて走っていった後ろ姿も可愛らしい。善い人だ。同じ体のはずなのに、やっぱり宿儺とは全然違う。
あーあ。どうして虎杖くんじゃないんだろう。虎杖くんを好きになれていたら良かったなあ。そしたらこんな、胸にぽっかり穴が空いたみたいに虚しくなることなんて、きっとなかった。
「……忘れよ」
そう。全部夢。単なる気の迷い。それでいい。宿儺も悪いし私も悪い。相容れない者同士、無理に関係を修復する必要なんてどこにもない。
昨日と同じ。まるで暗示のように言い聞かせ、再びごろんと寝転がる。未だ皮膚も鼓膜も覚えてる、私に残る宿儺のすべてを掻き消しながら微睡んだ。