半成りの弁え



虎杖くんと話をしてから一週間。未だ宿儺のことは、胸に突っかえている。魚の小骨よりよっぽど大きな蟠り。

何度も忘れようと試みたけれど、結局ダメだった。だって何を食べても美味しくない。舌に浮かぶご馳走は、宿儺が作る家庭料理の味ばかり。すっかり馴らされてしまったのか、それとも他の味をろくに覚えていないからか。あーあ。こんなことなら日頃から、ちゃんと美味しいご飯を食べておくんだった。取り敢えずサプリメントで栄養補給はしているけれど、あくまで補填の域を出ない。いっそ回らないお寿司でも食べに行こうか。考えてやめる。回転寿司でさえ三皿も食べられないのだ。どうせ残すに決まっていた。

とはいえ私の部屋には宿儺の影が息衝いている。このままベッドの中にいたって、心が休まるはずもない。ふとした残影を目で追う度に胸が痛む。たぶんこれが“恋しい”ってやつ。全く勘弁して欲しい。


仕方なく、気分転換に街へ出た。ウインドウショッピングを楽しんで、先日から行方不明な来客用のスリッパだけを新調し終え、真っ直ぐ帰寮。今度は呪符の山に埋もれていたって目につくよう、派手な赤色を選んでみた。けれどタグを切って部屋に置いたその瞬間、宿儺の瞳の色だと気付いて失笑した。

お風呂に入ってサプリを飲んで、面倒くさいドライヤーは後回し。枕に敷いたタオルの上へ寝転がる。鳴らない扉は今日も今日とて素っ気ない。おかしいな。元へ戻るだけなのに、意外と案外難しい。まあ、お腹はすかなくなったかな。寂寥を吐息に乗せて排気したまさに刹那、


―――コンコン。


聞こえた音に、つい体が固まった。どくどく波立つ鼓動を、いやそんなわけ、と宥めすかす。コンコン。再度響いたノック音に返事をひとつ。叩き方やせっかち加減が似ているけれど、たぶん違う。たぶんきっと宿儺じゃない。

肺いっぱいに酸素を吸いこみ、平常心を呼び戻しつつ扉を開ける。真正面、飛び込んできたのは明るい黄色。ロゴすらない平らなTシャツ。丸い襟ぐり。喉仏。徐々に持ち上げた視線の先が、真赤の四つ目と交差した。


「…………」
「…………」


普段通り、見下ろされていることに変わりはない。でも玄関先で、こんな風にちゃんと顔ごと向き合ってくれるのは、もしかしたら初めてかもしれなかった。高圧的な印象はなりを潜め、ただバツが悪そうに眉を寄せては、ふい、と逸れる。まるで叱られた子どものよう。言葉に詰まっている。あの宿儺が―――。

どうして来たのか。もし初めから来るつもりだったなら会わなかった期間、虎杖くんが『すっげー静か』と言っていた間、いったい何を考えていたのか。皆目見当もつかないけれど、少なくとも今現在怒っている様子はない。

緊張の糸が、じわりと解ける。


とりあえず「入る?」と聞けば頷いたので、半身を引いて中へ通した。彼が持つ、小振りのビニール袋が揺れた。



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