翌日。別に待っていたわけじゃないが、午前授業が終わって昼になってもなまえは会いに来なかった。うるさいのがいない時間は、随分と久しぶりで快適だ。
切島と二人で食堂に行って、適当な話に半分付き合いながら好きな飯を食べる。何ら普通の、あいつと会う前に戻っただけの時間の隙間。ふと隣を見遣れば、切島の不思議そうな目とかち合った。
「さっきから誰か探してんのか?」
「は?」
ンなわけねえだろ、と言ってから気付く。
脳裏をちらつくのは、いつだってあの色。
まさかこの俺が、無意識にあいつの姿を探していたなんざ冗談じゃねえ。そうは思うものの、なんとなく物足りないような違和感があるのは事実で、否定すればするほどもう随分と顔馴染みになった靄が覗く。認めざるを得ない明瞭なそれらは、たぶん、あいつがここに姿を現せば全部消えるだろうってことも安易に予想がついた。あんまり頻繁に会いに来るものだから、すっかり習慣化してしまっているのか。たく、本当冗談じゃねえ。
「そう言や、今日はみょうじ見かけねえけど何かあったのか?」
「知るか。暇じゃねえだけだろ」
「そっか。爆豪でも知らねえことってあんだな」
「あ?喧嘩売っとんのか」
「違ぇって。いつも仲良いからよ」
「良かねえわ」
「けど名前で呼び合ってんじゃん」
「あいつが呼んでくっから呼び返してやっとんだ。ムカつくだろが」
この間、あいつのせいで食いっぱぐれたカツ丼と共に苛立ちを飲み込む。断じて仲は良くない。確かに名前で呼び合ってはいるが、それとこれが必ずしもイコールであるとは限らなかった。何でも知っていることも同様。むしろ知らないことの方が圧倒的に多い。
切島はふうんと相槌を打って「まあ爆豪は違うかもしれねえけど、みょうじは恋してそうだよな」と朗らかに笑った。
………………は?
「恋?」
「おう」
「誰にだ」
「え?爆豪」
「……何で」
「それは分かんねえけど、聞いてる感じだと名前呼び始めたのってみょうじだし、昼飯食おうとか帰ろうとか、爆豪からは行かねえだろ?付き合ってねえなら、そう考えんのが自然なんじゃねえか?」
「……そんなモンなんか」
「だと思うぜ。上鳴が言ってた」
上手く働かない頭の中に、アホ面が浮かんでは消える。
恋。恋って何だ。あれか。靴箱にクソ甘そうな匂いの箱が入っていたり、差出人無記名の封筒を人伝に押し付けられたりするあれか。なまえに限ってそんなことはと言いたいところだが、日曜あけておけだの一緒に居たいだの、昨日の言葉を思い返せば頷けないこともないかもしれない。対して嫌悪感が湧かない俺は、そろそろ神経が麻痺してきているのか、まだ困惑が尾を引いているのか、それとも――……。
自分の眉間にシワが寄るのが分かった。
止めていた箸を動かし、残りを胃に詰める。
何にせよ、せっかく今は居ないのだ。あいつのことで時間を取られるのは癇に障る。どうせ日曜になれば嫌でも考えさせられるだろうし、余程はぐらかされでもしない限り、この靄も何もかも全部ハッキリするはずだった。
可能性の話
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