教室に戻ればなまえがいた。一瞬入る教室を間違えたかと確認しかけたが、そもそも普通科と間違うわけがないと思い直す。
何でいんだ。
つか俺の席に座ってんじゃねえわ退けや。
「誰に許可得て座っとんだクソなまえ」
「あ、お帰りなさい」
頬杖をついて窓の外を見ていた顔が、ゆるりと俺を見上げた。いっそ嫌味なほど綺麗な形のアーモンド型。長い睫毛に縁取られ、夕焼けを映しながら多面的にキラキラ輝く宝石のようなそれに、一瞬見惚れる。
「何しに来やがった」
「一緒に帰ろうと思って」
「みょうじ、ずっと待ってたんだぜ」
「てめえは入ってくんじゃねえ」
舌打ち混じりに切島を睨めば「じゃあ俺、先帰るなー」と笑いながら出て行った。何笑ってんだって顔を顰め、まあ良いかと流す。そんなことより今はこのクソチビだ。とりあえずカバンを取ろうとすれば、控えめな指先に袖を掴まれた。
「一緒に帰ろ?」
抑揚の薄い声が、少しだけ跳ねる。いつの間にか、そんな微細な変化にすら気付くようになってしまっていた。
容易く振り払えていたはずの手。うぜえと突き放せていたはずの言葉。そんなものにさえ躊躇いが浮かぶようになったのは、いつからか。調子が狂うというよりは、乱されている感覚。今まで何度も体感した、自分を理解出来ない、自分が自分じゃないような気持ち悪さ。
「……さっさと行くぞ」
人肌の概念を覆す冷たい手を雑に掴み、カバンを肩へ引っ掛ける。少し遅れてついてきたなまえは、隣へ並んでから俺の手を握り直した。すぐ離すつもりだったってのにうざってえ。そう心の中で悪態をつきながら舌打ちを一つ。普段はぴーちくぱーちく無駄に喧しいくせに、こんな時に限って喋らないものだから落ち着かない。どうしていいか分からなくなる。寮前まで送ってやれば満足なのか、それとも俺の部屋までついてくるつもりなのか。
思惑を図りかねていれば、不意に名前を呼ばれた。
「ありがとね」
「……ンだ急に。気持ちわりぃ」
「嫌がると思ってたから」
「これが嫌がってねえように見えんのか節穴」
斜め下の澄ました顔を睨めば、ことりと首が傾げられた。いつも距離はまあ近いが、改めて並んで見ると随分低身長であることが顕著に浮き上がる。たぶん蛙女よりも小せえ。普通科故に鍛えていないからか、クラスの女共以上に脆く貧弱そうな見た目に、胸の内側から立ち込めた靄を掻き消すため、すぐさま顔を逸らした。
けれど、繋いだままの手が勝手に熱を帯びていく。
俺の個性的に普通なら爆破されやしないかと心配が表立つところだが、なまえは全く気にならないらしい。むしろ握ったり緩めたり、指の節を撫でたりと気ままに遊んでいる。俺の手は玩具じゃねえぞコラ。
「たく、てめえの寮どこだ」
「送ってくれるの?」
「しゃーなしだわクソ。貸しイチだからな」
「わーい」
「ナメとんかてめえ……ンだその気のねえわーいは……!」
「ところで勝己」
「ところでじゃねえわ!ンだカス!」
沸騰した苛立ちをそのままに再度見下ろす。既に俺ではなくスマホを見ていたクソなまえは「今度の日曜あけといてね」と歩き出した。俺の返事を待たないとは相変わらず良い度胸だ。そんなことに慣れてきている自分自身に、最早怒りを通り越した呆れが浮かぶ。あけておけってことは、何か用事があるのか。
試しに「どっか行くつもりなんか」と尋ねれば、考えるように宙を仰いだ視線が寄越された。何度剥がそうとしても脳裏にこびり付いて取れない赤が、ほんの僅かに細まる。けれど見つめられることはなく、珍しくすぐに前を向いた。ついで開く薄い唇。呟くようにこぼされた声。
「ただ、一緒に居たいだけ」
ああ、ったく。
ぐわっと沸き上がるこの熱が、一体何だってんだクソ。
だれか教えて
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