「掃除?勝己綺麗にするよね」


例によって例のごとく。

ベッドで気持ち良く眠っていたところを雑に起こされ「ガキ通り越して産まれたてだな」なんて呆れられつつ、赤ちゃん抱きで運ばれる。はいはい、勝己専用のばぶですよ。太い首にぎゅーしてすりすりしたら、さすがに鬱陶しかったらしい。一切動かせないよう後頭部を鷲掴まれた。めんご。

無事、頭蓋骨を砕かれることなくダイニングへ下ろされ、お子様ランチさながら丁度良い量感のお昼ご飯に、二人揃って「いただきます」。彼の手料理は、晩ご飯の残り物アレンジだろうと当然に美味しい。「絶品だね」「たりめぇだろ」って会話はもうお決まり。残さず食べて、お手手ぱっちんごちそうさま。

食器を洗い始めた背中にいそいそ引っ付き、勝己を充電するのも最早お馴染み。腰のまあるい手榴弾が邪魔だけれど我慢我慢。やりづれえとかなんとか聞こえるけど無視無視。流水音が止まったところで離れれば、大きな手にくしゃりと頭を掻き撫でられた。ついにやける私を鼻で笑い、洗面室から抱えてきた洗濯カゴを持ってベランダへ。お日さまの下、洗濯物を等間隔に干し終えたらさっさと片付け、出掛ける準備。手袋やら籠手やらテーブルに置いていた装備品を手早く付け直し、すっかりヒーローの顔をして午後の街へ戻っていく。私は寝る。


これが我が家の平日ルーチン。勝己はもう夜まで帰ってこない。でも今日は違って、おやつの時間に帰ってきた。なんでだ。まだひと眠りしか出来ていない。

緊急事態か?って思わず玄関までお迎えに出ちゃったわけだけれど「起きとったんか」って、ちょっと嬉しそうな勝己は普段と変わらずホッとした。


「クビになっちゃったの?」
「アホか。なるわけねーだろ、俺の事務所だわ」


管理側が忘れんなや、と弾かれた額をさする。そうだった。私管理側だった。管理っていうか経営っていうか、まあどっちでもいい。何かあったわけじゃないなら良し。

座ってブーツを脱ぐツンツン頭を見下ろす。そういえばお出迎えなんて、越して来てから初めてだなぁ。あ、旋毛。


「忘れ物?」
「違ぇ。早上がりみてえなモンだ」
「珍しいね」
「ザコが気ぃ遣ってきやがったんだよ。でけえ事件も雑務もねえからってな」
「ああ、サイドキックくん?」
「おう」


立ち上がった勝己に合わせ、首の角度が上がる。交わった視線。静かな瞳。何も言わないまま、ただ私を映すルビー。首を傾げると短い吐息が返ってきた。そうして「“猫チャンにヨロシク”だとよ」って、通りざまに頭をくしゃくしゃ撫でられた。

はて、猫チャン? 我が家に猫ちゃんなんていないけど、と思考しかけて気付く。違う。私のことだ。


実をいうと私の存在は未だ、勝己のおかげで世間様に露呈していない。一度だけ写真(確か夜中に高熱を出した私を毛布に包み、駐車場から救急外来まで運んでいるマスク姿の勝己)を撮られてスキャンダルになってしまったことがあるけれど、それも彼の冷静な塩対応と嘘、より多くの事件解決速報によって全く大きくならずに済んだ。おまけにダイナマイト事務所のサイドキック達は、案件がなければ必ず家で昼食を摂る勝己を“絶賛飼い猫溺愛中”だと思い込んでいるらしい。面倒だから弁明も訂正もせず放っているのだと、いつだったか聞いた。つまり『猫ちゃん=私』。

もちろんあんな可愛い生き物に喩えられて悪い気がするはずもなく、鼻歌まじりに後を追う。

せっかくの半休、何してもらおう。この時間に二人なんて久しぶりだ。抱き枕もいいけど、ゆっくりお風呂に浸かるのもいい。勝己も疲れているだろうし、入浴剤でリフレッシュ、なんてどうだろう。真珠みたいな球体がじわっと湯船に溶け出すお気に入りは、つい先日しっかり全種類補充されていた。ローズベースのインカローズ、アプリコットベースのオレンジガーネット、シトラスベースのレモンクォーツ。うーん、どの香りも捨てがたい。ああでもその前に、そろそろ排水溝を掃除しなくちゃ。ちょっとシャワーを使っただけですぐプールになっちゃうのは勘弁願いたい。


「ねえ」


勝己が消えていったウォークインクローゼットに顔を出す。既にヒーローコスチュームからの着替えは殆ど済んでいて、鍛え抜かれた広背筋が黒いTシャツに隠された。


「お風呂掃除してよ」
「は?テメェでやれやそんくれえ」
「勝己のが上手じゃん」
「掃除に上手いも下手もねぇわ。洗剤吹いて擦るだけだろが」
「それが難しいんだよねぇ。でも勝己ならって思ったんだけど、出来ないんじゃ――」
「おい待てコラ」
「ん?」
「出来ねえとは言ってねえ。ナメんなカス」


おっとこれは良い流れ。


「じゃあよろしくね」


しまった、と言わんばかりに顔を顰めたその懐へとてとて近寄る。伸ばした両腕を筋肉質な背中へ回し、ぎゅうしてうりうり。言い忘れてたけど、お帰りなさい。「終わったら一緒に入ろうねぇ」って微笑みながら見上げれば「ンとに甘え方だけは一丁前だな」なんて、皮肉まじりに抱き締められた。ふふ、そうでしょうとも。人一倍たくさん甘やかされてるんだから、そりゃあ一丁前にもなりますよ。

さてさて。勝己がお風呂をピッカピカにしてくれている間、私は入浴剤を選ぶとしよう。



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