溶けて、満ちる



与えたゼリー飲料と解熱剤を飲んだ唇から、ほう、と吐息がこぼされる。少しは落ち着いたようで何より。

もう何度聞いたか分からない謝罪を片手で制し小さな頭をひと撫ですれば、耳馴染みのいい上品な笑い声が鼓膜を占めた。


「魔法みたいですね」
「魔法……?」
「消太さんの手、安心します」


心底嬉しそうな瞳に見つめられ、数瞬乱れた脈拍。喉の奥の更に奥のずっと奥。心臓の内側で熱がくゆる。早く早くと急き立つこの想いは、一体どこへどうやって、どんな風に逃がせば戻って来なくなるのか。俺より彼女を幸せにしてやれる誰かの方がいい。そんなあの日の決心を地盤まるごと、こうも容易く揺るがす慈愛を孕んだ眼差しに苦笑が落ちる。


俺からは口にしないと決めたはずだった。ましてや彼女は病人で当然に弱っていて、きっと思考も鈍っている。仮に伝えるとしても、それは今じゃない。もっと普段通り、彼女が何ひとつ気負うことなく冷静な判断が出来る状態を選ぶべきだった。頭では分かっている。理解している。なのに「消太さん」と、他の誰でもない俺ただ一人を呼ぶ嫋やかな声が甘く響いて、たった五音の余韻さえ、どうしようもなく愛しくて。

いつだって合理的に動くはずの脳内が、非合理な激情で溢れかえる。


「……みょうじさん」
「ん?」
「そんなに呼ばないでください」
「すみません、嫌な思い、」


そうじゃなくて。





「好きだって、言いたくなる……」