たおやかな魔法



大きく見開かれた瞳。降り注ぐ静謐の中、秒針の音だけが変わらず反響する。このまま急っついてしまいそうな心を宥めたのは、安堵と自嘲と、それから後悔。


誤魔化す術はいくらでもあった。それくらい狡い言い方をした。正直、好意的な反応を返される自信が薄かったからだ。

けれど、たったの一秒すら逸れない視線があまりに真っ直ぐ向けられている今、みょうじさんの言葉を待ってみたかった。冗談だろうと笑うこともなく、聞き流すこともなく。きっと熱に浮かされた頭で必死に答え方を探してくれているだろう、彼女の言葉を。そういう向き合い方をする人だと知っていた。だからこそ、こんなにも惹かれてしまったのだ。




「言って、くれないの」


ぽつり。少し置いて大気を泳いだ声は少々震えていたように思う。ほんの少し上擦った、縋るような、甘えるような。「ねえ、消太さん」なんて。「聞きたいです」なんて。全く。さっきまでの恥じらいはどこへ行ったのか。

まるでねだるように触れた華奢な指を振り払えるはずもなく、努めて優しく絡めとる。途端、室内の空気がなんとも晴れやかに澄み渡り、彼女の個性がそうさせているのだと気づいた。ただ手を握っただけのこんな些細なことで喜んでくれるのかと、また、愛おしくなる。


「……好きだ」


皮膚を通して滲んだ熱がじんわり混ざり、もう、どっちの体温かなんて分かりやしない。

潤んだ瞳。赤らんだ頬。下げられた眉に緩みきった口元。返事を聞かずとも分かるその表情に、嬉しいような困ったような懸念が浮上する。一般的に考える必要がないことまで付随してしまう俺でいいのか。やはり冷静になってくると、そんな泥濘に足が埋まる。けれど彼女は「消太さん」と俺の意識を呼び戻し、とても綺麗に愛らしく、まるで花が綻ぶようにふんわり笑った。


「私も好きです。大好きです」


つい弛んだ口元を片手で覆って隠す。たった少しの言葉で、笑顔で。俺の後ろ向きな思考を容易く吹き飛ばしてしまう彼女の方こそ、魔法みたいだと思った。