吐息にこめた愛しさ



昼飯にと飲料ゼリーを飲む。時間を無駄にすることなく必要な栄養を摂れる上、腹もそこそこ膨れるので長年愛飲している。これが終わったら少し寝よう。

昼寝タイムを終着目標に、黙々と課題プリントをまとめる。そんな折、


「イレイザー、今ちょっといけるか?」


入り口からマイクの声がした。つい二時間ほど前も話したばかりだってのに、今度は何の用か。いっそ無視を決め込むか迷ったものの、大きく「イレイザー!」と呼び直されてしまっては仕方がない。ニヤニヤしながら手招く様子に思いっきり顔を顰めながら、渋々重い腰を上げた。のだが、マイクの後ろからおずおず顔を出したみょうじさんに気付いた瞬間、表情筋が多少緩んだ。


「お前に用だってよ」
「お昼時にすみません……」
「いえ、大丈夫ですよ。何かありましたか?」
「ええと……その……」


珍しく言い淀んだ彼女が、ちらりとマイクを一瞥する。なるほど。どうも人前では言いにくいことらしい。興味津々なところ彼には悪いが、あいにく俺もプライベートなことを第三者に聞かせてやる気は更々ない。適当な理由をつけ、彼女を連れて図書室へ向かう。

たった一日訪れなかっただけで随分と久しぶりに感じる空間は、それでも変わらず静かだった。遠くの方で生徒の話し声がするくらい。

みょうじさんは慣れた手付きで薄いカーテンを閉めた。


「色々とすみません……」


至極申し訳なさそうに頭を下げたと同時。さらりと流れる黒髪が、肌の白さをより鮮明に誇示する。


「本当は放課後まで待つつもりだったんです。でも、どうしても一言お詫びを申し上げたくて……」


一瞬、何に対する謝罪なのか分からなかった。戸惑い混じりに回想し、唯一思い当たったのは昨夜のこと。寝ぼけ眼でふわふわしていたあの時と比べ、今目の前にいる彼女は随分しょげて小さくなっている。眉を下げ、ただ足先を見つめる姿は、さながら耳を垂らした小動物。謝ることなど何ひとつないというのに、律儀というか何というか。こういうところは甘え下手なんだな。

小さな蕾が花開くよう。ふつりふつりと芽吹き始めた愛しさを、吐息に乗せてそっと逃がす。


「顔を上げてください」
「でも、」
「謝っていただくようなことは何もありませんよ」
「いいえ。お疲れなのに送っていただいたり、お、お名前まで呼んでしまったり……」
「嬉しかったです」


真っ直ぐ浮かんだ言葉は、どうしてか呑み込めなかった。呑み込もうとすら思えなかった。僅か震えた心が促すまま、見た目通り小さな頭へ手を伸ばす。初めて触れる、いつも流れ落ちる様を見ているだけだった艶やかな髪は、まるで猫のように柔らかく、絹糸のように細くなめらかだった。


「また呼んでください」


驚きをありありと宿した瞳がこちらを向く。大きな丸メガネがずれ落ちて、慌ててかけ直しながら俯いた彼女の頬は、ほんのり色付いていた。