どうか無事で



あれから数週間。毎日、とまではいかないものの合間を縫って図書室へ足を運ぶ度、みょうじさんは変わらず笑顔で迎えてくれた。俺の残業日には人目を忍んで差し入れを持ってやってくる。廊下ですれ違う際の軽い立ち話も今では当たり前へと変わりつつあり、関係性は至って良好。付かず離れず、適度な距離を保ったまま。

彼女がいる空間はやはり依然として心地が良く、涼やかなその声で象られる自身の名は柔い毛布のように優しく響いた。鼓膜も心も何もかもを魅了する存在全てが、恋情ばかりを積み上げゆく、そんなある日。


「休み、ですか?」
「ええ。今朝電話があったのよ。体調崩したみたい」
「そう……ですか」
「ねえイレイザー。あなた午後から授業ないでしょ?A組のホームルーム代わるから、ちょっと様子見てきてくれない?」


ミッドナイトさんからサラッと出た問題発言に目を見張る。そういう役目は普通女性なのでは。これがマイクや生徒ならまだしも――否、たとえ生徒であっても女性の部屋を男が訪ねるというのはいかがなものか。


「何で俺なんですか」
「仲良いじゃない?」
「そういう問題では……」
「大丈夫よ。あの子体力なさそうだから心配なのよねー。あ、これ持って行ってあげて」


そう半ば無理やり押し付けられたのは、飲み物や薬が入ったビニール袋。……まあ、様子見がてら玄関先で渡して帰ればいいか。以前も部屋まで送っていったのだから、そう難しいことではない。

午前の授業を終え、ファイルを片付けながらいつものゼリー飲料を腹に入れる。ミッドナイトさんが戻って来たところで声を掛け、職員室を後にした。



さて。"体調を崩した"としか聞かされていないわけだが冷えピタや解熱剤が窺えるあたり、熱でも出ているのだろう。スポーツ飲料、マスク、体温計、栄養ドリンク、雑炊の素、風邪薬、咳止め、胃腸薬等々。思い付く限りのそれぞれが袋の中でガサガサ擦れる。酷くなければいいが、と一抹の不安が過ぎる。

ミッドナイトさんの言う通り、失礼ながら到底体力があるようには思えない。ふわふわしたみょうじさんにタフで頑丈なイメージなど微塵もなく、どちらかといえばか弱い印象が強い。最悪ベッドから起き上がれなくなっている可能性だって十二分に考えられる。


自ずと眉間にシワが寄り、先を急ぐ足は自然と速まった。