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「木兎達は?」
「どこか寄っていくみたいですよ」
「そっか。赤葦は行かなくていいの?」
「はい。俺はみょうじさんと帰りたいので」


さらっと放たれた殺し文句に肌が粟立つ。一瞬時が止まってしまって、呼吸ってどうするんだっけ、って忘れるくらい驚いて。嬉しくって、照れくさい。

この際、本心かどうかなんてどうでも良かった。たとえば早く帰るための体のいい理由だったとか、そんなものでも充分だった。ただ赤葦の声で象られた言葉すべてが、私を幸せへと押しやる。


動揺を孕んだ脈拍。平静を装って「ありがと」って笑いかければ「どういたしまして」と微笑み返される。自分の目線より高い位置の綺麗な顔に見惚れるのは、もう何度目か分からない。分からないくらい見てきたんだなあって、そんなことにさえ嬉しくなる。

うん。今日もいい一日だった。



濡れた路面を並んで歩く。

うっかり手が触れてしまう近しい距離。わずかに芽吹いた羞恥心が邪魔をして、上手く話題が探せない。それでも盗み見た横顔は退屈そうでもなんでもなく、至っていつも通りのまんま。改札を通るためにひらいた距離を詰めたのも、がら空きの電車内で隙間をあけずにわざわざ隣に座ったのも、降りる時「また明日」って先に手を振ったのも、全部彼の方だった。


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