05

滑り込んできた電車に乗り、二人そろって腰を下ろす。私の最寄は四駅向こう。赤葦の降りる駅は更に向こう。

特に会話はなかった。サラリーマンの帰宅ラッシュよりも遅い時間だ。静かな車内で振動を感じつつ、向かいの窓に映るシルエットをぼうっと眺める。


「みょうじさん」
「ん?」


隣を向くと、彼もこちらを見ていた。立っている時よりも近い目線。初めてってわけじゃない。むしろもう随分と慣れた距離である筈なのに、未だにドキッとしてしまう。

この瞳に見つめられて落ちない女の子なんて、きっとかおりや雪絵くらいだろう。この間さり気なく聞いてみたら『赤葦? あ〜顔はいいよね〜』と、特に興味もなさそうだった。マネージャーって強い。


「もし良ければ、連絡先交換しませんか?」
「、うん。いいよ」
「有難うございます」


呆気にとられる暇もなく、赤外線でいいですか、と差し出された携帯と通信する。一瞬動揺してしまったけれど、深い意味はないんだろう。きっと木兎の面倒を見る上で、あった方がいい、程度のものなんだろう。


さっきから変に脈打つ鼓動を宥めながら電話帳に追加する。ちらりと窺った横顔は、いつも通り涼やかだった。

なんだかいろんな感情が追い付かない。あの赤葦の連絡先がこの小さな箱に入ってる。実感なんて全くない。


綿菓子みたいにふわふわ浮き立つ心地のまま、車内に流れたアナウンスを拾う。次は私が降りる駅。もう少し一緒にいたいけれど、時間は待ってくれやしない。交わった視線に微笑んで「じゃあまたね」って、電車を降りた。


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