09

赤葦のトスはいつも冷静だ、って誰かが言ってた。誰だったかな。木兎はそんなに周りを良く見れないから、木葉かな。あんまり覚えていない。バレーボールのことだって詳しくない。でも、トスをあげる位置や速度をスパイカーに合わせて変えなければいけないことくらいは知っていて、それが咄嗟に出来る赤葦は、凄いなあ、って思う。

不思議。こうしてゆっくり眺めていると、つい赤葦にばかり目がいってしまう。かっこいいなあ。好きだなあ。そんな気持ちが穏やかな熱を伴って、胸の内を覆ってく。


褒めてくれと言わんばかりにこちらを向いてそわそわし始めた木兎につい、声をあげて笑ってしまったからか。赤葦が私に気付くまで、そう時間はかからなかった。ぱちりと視線が交わって、少しの空白。小さく見開かれた瞳に軽く手を振れば、控えめな会釈と共に寄ってきた。


「見学ですか?」
「うん。木兎待ち」
「……そうですか」
「?」


少しだけ空いた間に、違和感が滲む。これはたぶん、昨日、駅のホームで電車を待っていた時に覚えたそれと同じ。気になることがあるにもかかわらず、遠慮している空気感。いつも大人びている彼が、年相応に見える瞬間。


「どうしたの?」
「いえ、別に……」
「何でも言ってくれていいよ」


昨夜と同じセリフをわざと紡いだ。聡い彼はちゃんと気が付いてくれたらしい。淡く揺れた瞳が、ふ、と細められる。薄い唇がやんわり笑んで、でも、眉尻は下がってて。


「木兎さんと一緒に帰るんですか?」
「そのつもりだけど、ただの傘代わりだよ。仕方なく来たの」


もう一度「そうですか」とこぼされた声には、なんとなく安堵の色が窺えた。

猿杙に呼ばれ、広い背中がコートの中へと戻ってく。一度だけ振り返った瞳に「頑張ってね」と声を掛ければ、今度は緩やかに微笑んでくれた。


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