ナルト君の宣言により任務は続行することになってしまった。
タズナさんの話を聞くと、どうやら海運会社社長のガトーという男に目をつけられていたようで。波の国の海上交通・運搬を全て独占していたガトーにとって、橋を作っているタズナさんは邪魔な存在であり忍を使って命を狙っているらしい。
とりあえず任務はタズナさんを波の国まで護衛するというものに変更となったが、大富豪が忍を雇うのだ。私達みたいなペーペーの下忍ではなく中忍以上の忍が雇われているに違いない。
ええー…、本当にやるの?
ここは普通に里に帰って任務を正規のものに再依頼するか増援を呼ぶの二択じゃない?しかもナルト君には九尾が入っているんだよね?もしナルト君が任務中に戦死しちゃったら波の国との外交問題にならない?
……え?大丈夫?カカシ先生はめちゃくちゃ強いからナルト君を死なせるようなことにはならない?いや、そりゃそうかもしれないけどさー!
と、内心叫んでみるものの面と向かっては言えないため、みんなの後ろを歩くカカシ先生にこそこそと耳打ちする。
「正気ですか?私達のレベルと任務がどう見ても見合っていないと思います」
「ホタルの言うことも一理あるけどねえ。それじゃあ、タズナさんとナルトの説得やってみなよ。もしうまくいったら木の葉に帰ろうか」
よし、言ったな?
そして私はカカシ先生から言質をとり、意気揚々と前を歩くナルト君の隣に並んだ。
タズナさんは理詰めで説得すれば何とかなるが、問題なのはナルト君である。彼の人柄はとても好ましいけれど命がかかっている今、根性で突っ走られても困ってしまう。
「ん?どうしたってばよ」
ナルト君がいきなり隣に並ぶ私に不思議そうな顔をする。そんな彼に私はこれまでになくしおらしい表情を作って口を開いた。
「…………ナルト君はさ、この任務で本当にタズナさんを守り切れると思う?」
「?」
「私はね、はっきり言ってそれは難しいと思う。タズナさんだけじゃなくて、ナルト君や他のみんなが死んじゃう可能性だってあるんだよ?………そう思うと、すごく怖い。さっきの襲撃だって、タズナさんには笑顔で対応したけど本当は逃げたくて仕方がなかったんだ」
それを聞いてナルト君はどこか気まずそうな顔をする。
彼に対しては理詰めで説得するよりも、感情に訴えた物言いをした方が納得してくれるだろう。人の良いナルト君のことだ。不安がるチームメイトの少女に同情してくれるはず。というか同情してくれなきゃ私が困る。
「ホタル………」
「ね?みんなで一旦里に帰ろう?……里に帰ったらきっとタズナさんを守ってくれる強い人達が任務を引き継いでくれるよ」
ナルト君の他にもサクラちゃんが心配そうな目で私を見つめてくる。正直自分や仲間の命が惜しい一心でしおらしく言ってみせたが、純粋な2人に対して罪悪感で胸がチクチクと痛んだ。本当にごめんね……!
そしてそれに反してカカシ先生とサスケ君の視線がつき刺さる。「お前そんな演技までして……」という彼らの心の声が聞こえてきたが、とりあえずそれを無視した。
今ならまだ木の葉の里に帰れるのだ。木の葉の里に帰って、タズナさんが任務の再依頼を出す。里の金融機関で金を貸してもらえば良い。
けれど、その時ほんのチクリと胸が痛んだ。
よくよく考えれば、里の金融機関が外国人であるタズナさんにお金を貸してくれる保証はどこにもない。そうなればタズナさんは任務を再依頼することができず、護衛もつけない状況で一人で帰らなければならないのだ。
もしかしたらカカシ先生は、それを見越した上でタズナさんの身を案じ波の国まで送り届けると言ったのだろうか。
くるりと後ろを振り返り、先生の顔を見る。彼は私に向けてにっこりと笑ってみせた。
するとその時、ナルト君が口を開く。
「ホタルの気持ちは分かったってばよ。怖いんだよな?」
「うんうん。そうなの」
「…………でも大丈夫!ホタルのことも俺が守ってみせるってばよ!」
「うんうん………ん?」
いや、そういうことじゃなくてだな……とナルト君の言葉を否定する前に、彼は全ての闇を照らすかのような眩しい笑顔で言い放った。
「いつもホタルには世話になってるから、今度は俺がホタルの役に立ちたいんだ」
「あ、ありがとう……?」
「それに……」とナルト君が続ける。
「ホタルが良い奴で誰よりも優しいってこと、知ってるってばよ。タズナのおっちゃんのことだって本当は心配なんだよな?じゃなきゃ、怖いのにおっちゃんを安心させようと笑うはずない」
「まあ、そうだけど……」
あ、あれ、様子がおかしいぞ。暗雲立ち込める話の展開に焦る。ナルト君の裏表のない言葉を前に圧倒される。
「ホタルが俺らのためにそう言ってくれるのは嬉しいってばよ。だけど、俺は一度決めたことは絶対に曲げない。タズナのおっちゃんも、それからホタルも守ってみせる!」
この世界の主人公の、純度100%の輝かんばかりの台詞。
まだ12歳の子供だというにも関わらず、場をひっくり返してしまえるほどの圧倒的なカリスマ性。私だけでなく、サクラちゃんもサスケ君も、そしてタズナさんも、力が湧きでるような彼の言葉に鼓舞されてしまう。
そこで私は、身を持って痛感した。
私があれやこれやと計算して説得したところで、ナルト君は絶対に納得しないだろう。
というか無理だ。人は小手先な口八丁だけで動かない。どの時代、どの世界においても、ナルト君のような信念を持った人間の言葉が一番響く。
「そっか。ありがとう」と何とか礼を言いながら、よろよろと後ろを歩くカカシ先生のところまで後ずさった。
「───私、あんなナルト君に無理矢理木の葉の里に帰ろうだなんて言えません。カカシ先生が心を鬼にして言ってください」
「初手でナルトを説得したらああなるって分かんなかったの?」
いや、何で私が責められてる……?しかし約束は約束。波の国までの任務だ。波の国まで我慢したら何とかなるだろう。まあ、カカシ先生にも考えがあるみたいだし……。
先生に曖昧に笑みを浮かべて無理矢理自分を納得させてみたが、それでも私の心は晴れることはなかった。
◇
───それからしばらくして、第七班とタズナさんは舟に乗って波の国に向かっていた。
水面に雲のような霧が広がっており、波音が聞こえるだけで辺りは静まりかえっている。
街水道にて隠れながら丘に上がるルートで入国するわけだが、密入国にならないだろうかと不安になる。けれど状況が状況なため仕方がないし、深く考えたら駄目だと思い直した。
それから陸に辿り着き、舟の操縦をしてくれた男性とそこで別れる。タズナさんと一緒にいたら命を狙われるかもしれないのだ。早く彼も遠くに逃げた方が良い。
そしてそこでふと思う。
そういえば橋の建設事業って誰が主体となって動いているんだろう。
橋の建設という大掛かりな工事をタズナさん個人だけで行えると思えない。どこかの企業がタズナさんに委託してる?と思ったが、国と国とを繋ぐ大掛かりなプロジェクトだ。企業どころじゃない気がする。
そもそもこの任務、おそらくタズナさんのポケットマネーによって依頼されているのだろう。橋建設のリーダー的なタズナさんが命を狙われているというのなら、その主体となっている団体が責任を持って依頼金を出してやるのが筋だ。
それだったらタズナさんも最初から任務ランクを偽ることはしなかったと思う。
「タズナさん」
「何だ。嬢ちゃん」
タズナさんが何故か要注意人物を見るかのような目で私を見てくる。失礼な人だな。
そして一体誰から橋の建設を依頼されたか聞こうとしたその時、ナルト君が大声をあげて手裏剣を茂みに飛ばした。
「そこかーーーッ!!!」
「何が?」
気配も何も感じない場所に手裏剣を投げつけたナルト君に思わず突っ込む。
「なんだネズミか……」とひと汗かいたかのような顔で格好つける彼に対して、サクラちゃんやカカシ先生が割とガチめに注意した。
うーん、このタイミングでタズナさんに聞くのはちょっと難しいかもしれない。何だかばたばたしているし。
それにナルト君は気合が入りまくっているのか、辺りをきょろきょろ見渡して所構わず手裏剣やクナイを飛ばしそうだ。
間違って当たることはないだろうがちょっと危険である。
「そこかーーーーッ!!!!」
そしてナルト君がまたも手裏剣を飛ばした。
しかし茂みの中にいたのは真っ白なユキウサギで泡を吹いて気絶している。よしよし、可哀想に……。
するとその時、ふと何か違和感を覚えた。
昔から嫌な予感とかは当たる方なので、ひしひしと冷や汗が流れ出る。
「───全員伏せろ!!」
そして次の瞬間、カカシ先生の指示が飛ぶ。
タズナさんの頭を押さえて地面に伏せれば、頭上に巨大な刀が飛来した。
等身ほどの大きさの、中華包丁のような刀。それが勢いよく木の幹に突き刺さり、その上にどこからともなく一人の男が佇んでいた。
「…………霧隠れの里の抜忍、桃地再不斬君じゃないか」
い、嫌な予感当たったーー!
◇
こりゃもう駄目だ。終わった。
現れた再不斬によって第七班は壊滅的な被害を受けている。
唯一の対抗手段であったカカシ先生は水牢の術によって拘束され、残されたのは新米下忍の私達と依頼人のタズナさんだけ。とりあえずこの再不斬とかいう忍から勝てるビジョンが浮かばない。
再不斬の殺気に当てられて立ち尽くすサクラちゃんやサスケ君。ナルト君は先程奴に腹を蹴られて、苦しそうに地面に伏せている。
そして私はまだ、動けていた。
恐怖よりも、恐慌状態に陥る子供達と依頼人のタズナさんを前に、一大人としてこの場を何とかしなければならないという気持ちが湧き上がってしまったのだ。
…………何で湧きあがっちゃうかな〜!もう帰りたい!
でも後ろには子供達がおり、彼らが無惨に惨殺されるのだけは絶対に阻止したかった。
おまけに私は一度死んだことがある。前世で死んで、転生して、生きている。その経験により【死】という概念が私の中で麻痺している可能性があった。
「…………ナルト君、私がここで再不斬を食い止めるから皆で逃げてくれない?」
「ホタル?」
一番近くにいるナルト君に囁けば、彼ははっと顔を上げる。聞こえていたのかサクラちゃんやサスケ君も言葉を詰まらせているようだった。
全員で逃げたとしてもきっとすぐ追いつかれるだろう。けれど誰か一人足止めすれば逃げ切れるかもしれないのだ。
本当は嫌だけど。もう死ぬほど嫌だけど。そして隙あらば逃げるつもりだけど。
「良い?追手から逃げる方法はアカデミーで習ったよね?追跡先を複数用意するの。ナルト君は影分身ができるから何とかできるよね」
「でも……!」
「大丈夫。ちょっと足止めするだけだから」
安心させるように笑ってみせるが、それでもナルト君は信じられない顔で私を見る。タズナさんの時といい、私が笑うと皆がドン引きするのは何故だろうか。
それに私に出来るのはほんのちょっとの足止めで、危なくなったら即座に離脱するつもりだ。水牢に閉じ込められているカカシ先生には自分で何とかしてほしい。
気を取り直して、ポシェットからクナイを取り出す。
「何だ。次の相手は小娘か」
再不斬がにやりと笑う。
ああ、もう本当に嫌だなあ。
何で私、こういうの放って置けないんだろう。
───するとその時、私の肩をナルト君が掴んだ。
「………ホタル、もう大丈夫だってばよ」
さっきまでの震えはもう、ナルト君にはなかった。はっと振り向けば、彼は覚悟を決めた目で再不斬を見据えている。
「俺は一度決めたことは絶対に曲げない。ホタルは後ろには下がっててくれ」
いつの間にかサクラちゃんやサスケ君の様子も落ち着いていた。サスケ君が私の前に進み出てナルト君の隣に立つ。
その時、はっとした。
『タズナのおっちゃんも、それからホタルも守ってみせる!』
ついさっき約束した言葉の通り、ナルト君はタズナさんや私を守ろうとしてくれている?
それに気付いた瞬間、冷や汗がどっと流れた。
私があの時軽率に言った言葉のせいで、ナルト君は死地に向かおうとしているのだ。
するとタズナさんが意を決したように言った。
「元はと言えばワシのまいたタネ。この期に及んで超命が惜しいなどと言わんぞ。……… ───すまなかったな、お前ら。思う存分闘ってくれ」
そんなタズナさんの言葉に狼狽える。
ここは誰か一人を囮にして依頼人を逃すのが先決だ。しかし任務の優先度と依頼人でもあるタズナさんの言葉を天秤にかけ思わず固まってしまう。どうしよう。戦っても再不斬に勝てる見込みが…… ───。
しかし私の目の前に立つナルト君や、そしてサスケ君の姿を見た。とうに腹を括っている2人に、もう何も言うことができない。
───ここは私も腹を括るしかないのかもしれない。
「ありがとう。でも私も戦うよ。人手は一人でも多い方が良いでしょ」
そう言えば、ナルト君は「けど……」と言い澱む。
しかしそれに私は首を振った。ナルト君が私との約束を守ろうとしてくれていることは分かるが、そのせいで死んでしまうのは耐えられない。
彼の真摯な態度に、私もそれ相応の態度で応えるべきだから。
「サクラちゃん、タズナさんをお願いできる?」
後ろに立つサクラちゃんに言えば彼女はクナイを構える。うん、やっぱりこの子はガッツがある。
そして私達第七班は、再不斬に対峙した。
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